スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

静岡県焼津市



9月29日(木)
早朝、私の気配に気づいて去ったのは、掃除のおばちゃんだったのではないだろうか。バス停を掃除しておいた。

136号線。道は平坦。店が道の両脇に建っている。富士山は雪はない。一度溶けたのだろうか。

LEDライトのプラスチップ部品が壊れ、バックから外れてしまった。むしろストラップホールでよく今までもってくれたと思う。ハンドルが今までより安定した。自転車が、もう旅の状態ではなくなったことを悲しく思う。旅が終わって荷物の片付けをしているみたいで。

自炊は面倒なので外食。走る、走る、走る。
1号線なのに自転車が通れないところがあると腹がたつ。今まではそれが普通だと思っていたけど、結構変だ。
静岡県の道はずっと平坦。過ごしやすいです。田舎だけど。
富士市は町中に住宅と工場が混在している変な町で、製紙会社が多いのでパルプ臭い。活気があるのはいいことだ。この町では就職には困らないだろう。私のように、続けていけるかどうかは別の問題だ。

さすがに由井の海岸沿いを水無しで通るのは不安なので、コンビニで買い物。普段なら高くて買わないゼリー状の栄養ドリンクを買う。
今日で最後だ。無理ができる。気合いを入れていこう。

16時、興津。神社入り口で休憩。残り40kmぐらい。もう疲れていて体が動かない。今日中に帰るには、いつもの距離プラス20km走らなければならないのか。きついなあ。シャックリが止まらない。

ぜえぜえはあはあ。ロードバイクを追いかけているうちに楽になった。絶対 脳内麻薬 出ている。
17時、静岡駅前に到着。急加速急ブレーキの危険な運転になっている。構わない。まあ普段からこんな運転をしていたら、誰かを轢くか轢かれているだろうが。

もう立ち止まらない! 進もう 栄光に向かって!

変だな。疲れを感じない。

いつも人生の目の前には困難な舞台があって。・・・!?そうだ、”舞台”はある。津波で 善人悪人関係なく死んでしまう不条理ではないのだ。舞台が用意されていることに感謝しなければ。

やった!到着だ!

やったああああああああ!!!!!!ひゃっほおおおおおおおおおお!!!!!!

ただいま。

ジュース250、すき屋900、コンビニ700。合計1850。
スポンサーサイト

静岡県伊豆市




9月28日(水)
あまり眠れなかった。滑空で上昇気流にのって空を飛んでいた夢 を見たのを覚えている。
寒く、風が強い。晴れ。

136号線は1車線になったりするが、車の通りがあまりないので問題なし。山に囲まれたのどかな土地だ。山からチェーンソーの音が聞こえる。
9時に広場の駐車場で朝飯。豚肉を腐らないうちに食べてしまわねば。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なにか趣味を見つけなければ。趣味で楽しい出来事を蓄積した分だけ、仕事や人間関係のつらい事に耐えられると思っている。ストレスの発散方法を持っていない人間は脆い。
昔の人は酒をストレスの発散方法にしていた人が多いようだが。

こんなことを言われた事がある。「誰しも相手と仲良くなりたいと思い、苦労している。勝手に相手に嫌われていると判断しているお前は、相手に失礼だぞ。」

ネットでこんな文章を見かけた事がある。「今の子供が可哀想だと思うのは、不景気で就職先がないだけなのに、就職できないのを自分のせいにして落ち込み、才能の目を潰してしまうことだ。」・・・私には関係ない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

路肩は通常の葉っぱや小枝の他に、台風の影響で太い枝が落ちている。ホイールに巻き込まないように走るのに神経を使う。

日本一周してきて、いろんな きつい道を走り、辛いことが分かっている西伊豆もこれだけ慣れたから楽に走れるだろうと思ったが、そんなことはなかった。
西伊豆は、集落があるたびに、崖の頂上付近から一気に海面まで降る。それの繰り返し。坂は急で、曲がりくねっている。補給地はあまりない。直射日光で暑い。ラストに相応しい道だ。ここからでも富士山がうっすらと輪郭だけ見える。
今まで走ったなかで最も きつい道は、鹿児島の半島、沖縄本島、そしてこの伊豆半島だ。青森の半島を入れてもいいが、青森は涼しいだけ救いがあった。

松崎町は道の脇に、様々なポーズの女体像が50m間隔ぐらいで並んでいる。だが残念、造形がリアルではない。

気分転換に「室岩洞」に行く。石切場跡の人工洞窟らしい。通路案内板や明かりあり。内部は石を切りとった後なので四角で構成されていて、さらに迷路のように入りくんでいた。床が水没している四角い部屋は神秘的だった。まるでエジプト辺りの古代遺跡のようだった。良い秘密基地を発見した。

松崎町の市街地からの道はそれほど険しくない。トンネルが多くある、さすが国道。険しいのは17号線だったか。このまま136号線で内陸に進むから、17号線は通らないけど。

土肥に到着。記憶が繋がった瞬間が嬉しかった。ここは長期自転車旅行の前に、自転車練習旅行で来た場所だ。確かにこの場所に自転車で来た事がある。駿河湾フェリーがある。3日連続雨と17号線の坂のきつさに根が折れて、フェリーに乗って帰ったんだった。

17時半、もう少し進む。明日の朝一番からきつい峠を越えるのは嫌なので、今日に夜を使って越えてしまおう。
途中には、人家から離れたバス停や、車止めのある旧道があって、ここで野宿でもいいと思った。車は夜で飛ばしていて早い。

20時。今日の野宿地は、トンネルと橋の連続で作られたバイパスの方の道の、山道の途中にあるバス停。コンクリートブロック製の小屋だ。始発は7時50分。電話ボックスからの明かりがある。少し離れた場所に明かりがあるので、看板か自販機だと思って確かめに行ってみたら、自販機だった。しかも100円。水にも困らないとなると、完璧じゃないですか。ケータイの電波が通じるのはさすがドコモだと思った。

ジュース550、コンビニ1000。合計1550円。


●コメント返信
>ヒトリダチ様
>ダメ人間だとは僕は思えません。
>yoshi様
>もうすぐ ゴールだね
励まし・慰めのコメントありがとうございます。とても励みになります。ここまで来たら、最後まで事故なく生還したいです。
なにかこのブログが、人生の暇潰しにでも、役に立てれば幸いです。
自虐は、私にとっての精神安定剤というか、もはや「趣味」のようなものなので、こんなものだと思っていただければいいです。

ヒトリダチ様。ブログ見させてもらっています。(すみません、私自身余裕がないので、現在は写真のみで文章は読んでないです。)だんだんと今後の人生設計が固まってきているようで、なによりです。その人当たりの良さは嫉妬しますよ(笑)。

yoshi様。
私は、上っ面で接っするするという器用な付き合い方はできないです。本音を言うと否定されたときにダメージが大きいですが、仕方がない面です。
どうしてニートは働かないの?とか、どうして加藤氏は秋葉原で無差別殺人をしたのか?とか、人の思考プロセスは予測はできるけど、本当のところは死ぬまで分からないというのが私の考えです。だから一般論で片付けてしまう等して、それ以上考えないようにするしかないのだと思います。人の思考プロセスは、理解してみたいものです。
ブログは日常生活を書くと、書く事(=誰かに知らせたい事)がなくて3日坊主で終わってしまうので、書きません。あと少し続く旅の日記をお楽しみください。

静岡県下田市



9月27日(火)
朝は雨が降っている。天気予報によると午後からは晴れのようだ。頼みますよ。 久しぶりにまともな自炊。腹が痛くなってきた。朝食を終えることには治った。8時半出発。

伊豆半島は、小島が長い年月をかけた大陸移動で日本列島にぶつかって今の状態になった半島なので、地層的に面白い土地ですよ。もちろん温泉も。

道は狭くて坂で自転車を押して歩いていて、台風の影響で何ヵ所かで土砂崩れが発生していて片側通行で渋滞していて、全然進まない。11時の時点でまだ20km。
明るい曇り空になった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もうすぐ旅が終わる。終わってしまう。
自殺と隣り合わせの日常生活を送るのは嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。帰りたくない。
悪い所を指摘されるのは当然だ、最低限の技能や人付き合いすらできていない、悪い所だらけなんだから。最大の問題は、この努力をしなくて向上心が無く 底無しに自信がないネガティブな性格だ。
この旅が貯金を消費して行っている以上、ずっとは出来ない。日常生活で金を稼がなければならない。たとえ稼がずに引き籠ったとしても、飯を食べて糞を出している分だけ、人間関係は発生する。
くそおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
この先どんな人生を歩もうと、小学校から高校まで休み時間を 机に顔を伏せて寝て過ごしてきた青春時代は変わらない。「あいつムカつくから無視しようぜ」などという密約付きだ。そんな人生をいまさらどうやって修正すればいいんだ。くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!
その場に居ない方がマシな人間。それが私の過去に与えられた評価。つらい。
当然だよね。私には、同じ場所にいるとムカつくだけの悪い部分が、多いにあるもんね。

逆に考えてみよう。Wikipediaによると、日本人の平均テレビ視聴時間は一日平均5時間。この時間は世界で一番長く、病的である。もしこの統計が正しいならば、人付き合いが楽しくてしょうがないと思っているならば、テレビなんか放置して、そっちで時間を消費するはずである。これは何でもできる趣味の時間で、テレビ視聴が大きな割合になっているから言える。いや、いつでも会える知り合いが少ないと言った方が正確か。当然か、家庭を持っているのだから。やっぱ、元から孤独の人間と、家庭があるから孤独になった人間は違うか。

やるしかないだろう。 35人に1人は自殺で生涯を終える日本だぞ。(健康理由の老人が多いけど。)てことは根拠なき予想だが自殺未遂は その10倍はいるんじゃないか? 自殺の成功率を考慮すると、人間そんな簡単に死なないし。 そうでなくても、夜に寝られなくて睡眠薬やら、精神安定剤やら、アルコール中毒やら、家庭内暴力やら、離婚率の高さやら、ストレスの度合いが伺える。戦場だよ。

・・・また旅に出よう。いつか。お金を貯めて。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

道路脇トイレ駐車場で昼飯。晴れてきた。

15時。下田市まであと20km。ここまで来ると車の通りは連続せずに空きができている。ベンチで休憩。彼岸花が たくさん花壇スペースで咲いている。

調べてみると日本に分布する彼岸花はすべて遺伝的に同一で、三倍体なので種子で増殖することができないそうだ。それなのに花を咲かせるのね。悲しいなあ。生物的欠陥を抱えたまま存在してるじゃないですか。まあそれでも存在できるということは、それでも問題ないということか。

コンビニの張り紙。「ツレがウツになりまして」という映画があるようで、気になった。
現実の鬱の時は、浅い関係の他人が、面倒なわりにメリットがない鬱人など相手にするのか疑問だが。
あと、セブンイレブンの販売するリスカ製の「さくさくしっとりチョコ」の、2.5倍増量タイプが売られていた。これ美味しいもんね。

今日の野宿地は海岸公園。公園というよりは、町の景観を構成する海沿いの飾りのような場所だ。ベンチスペースが腐るほど大量にあるので、一ヶ所を占拠しても問題ないだろう。風が強く、夜の散歩を楽しむ人で人通りが多いので、テントは無理。ベンチの上で寝袋で寝る。すごい、天気予報で降水確率0%なんて久しぶりに見た、明日の午前中まで。

ウチのテントは支柱が3本ある。2本は住居スペースを支えるためで、もう1本は前室を支えるためのもの。前室は使っておらず、いつも支柱無しで垂れ下がったまま使っている。この1本の支柱を解体して2本の修理に使えば良いと気づいた。棒の内側を通るゴムもそれで用意できる。

ジュース150、コンビニ550。合計700円。

静岡県熱海市



9月26日(月)
お年寄りの会話で目が覚める。さっさとテントを片付け。テントの支柱が2箇所折れた、もう寿命だろう。折り畳み式なので、折れた部分の支柱を 負担の少ないサイドに移動させて応急処置としようか。
近くのゴミを拾う。なぜかというと、怪しい人間は 他の悪行も押し付けられがちな傾向があるから。ゴミをポイ捨てしたと思われるぐらいなら、他人のゴミを拾った方がマシだ。
7時。曇り空。天気予報によると雨が降る確率が高くなっている。
乾パン食べて8時出発。どこかでしっかりした朝食を食べなければ。

小田原に到着。ここまで道はそれほど高低差はきつく無かった。雨が降っている。じいさん婆さんを多く見かける。まだ神奈川だが、だんだんと静岡の雰囲気(田舎臭)がしてきた。
雨宿りのためにマクドナルドで昼飯。店内ではロードバイクの3人が、折り畳みチャリや道路状態についての熱い情報交換を交わしている。

旅の目的の一つ、それは親への恩返しだ。親が生きているうちに、「貴方の息子はこんなにすごいんですよ。少なくとも、この家系の血は優秀ですよ。」と示したかった。僕は何の取り柄もなくて、この先、このまま仕事が続かない状態が続くだか、結婚できない状態が続くだか、分からないけど、このまま失敗人間のまま死んでいくんじゃ、一生懸命育ててくれた親に申し訳ないじゃないか。せめて、「うちの子は40にもなって、働けないし一人ぼっちの引き籠りだけど、これでも自転車で日本一周したんですよ。それだけが誇りでねえ。」と、おおいに近所に自慢してくれ。

135号線は坂道で路肩が狭く歩道がなく交通量が多く、さらには雨が降っていて大変だ。熱海の境界からは実用的な歩道があって良かった。
熱海は山の谷間の海に面した場所にホテルなどが建っているのな。鎌倉の海などのように砂浜が平地にずっと続いているのかと思っていた。

熱海というとオタクな僕はラブプラスを連想する。独り身が増えている現代、一人で観光地に来る人が多いとは あまり思えず、どうやって一人でも観光地に来させるかが、今後の観光地を活性化させる一つの焦点なのではないだろうか。その回答の一つが、ゲーム内の彼女と行くラブプラス熱海ツアーだと思う。極端だが。

道路沿いの海岸公園についたのが16時、パック寿司を食べて休憩していたら17時。雨が降っているし服が濡れて寒い(カッパを着ても汗で濡れる)。テニスコートの屋根付き観客席で休憩。もう少し暗くなったらテントを張ろうかな。それか、この先トンネルが多いので、夜まで休憩して、車の通りが少ない深夜に進んでしまうのも良いが。

テントの支柱の応急修理をする。かなり時間がかかったし、しない方がマシだったかも。で、2本ダメにして、支柱が短くなった分だけ、倒壊前の家のような いびつなテントになった。まだ使える。

この公園で野宿することにした。夜にテニス場で何人もの人がプレイしていた。熱海って斜面続きで、平地は狭いよな。

ジュース250、コンビニ650、マクドナルド1100、スーパー1700。合計3700円。

神奈川県鎌倉市



9月25日(日)
川原は朝早くから様々な目的で人が来る。集団で走るような音が聞こえたので ランナーかと思ったら、馬だったでござる。今いる場所の雑木を挟んだ川寄りは馬のトレーニング場になっているのか。
川の下流に浮浪者のブルーシートホームが多く建っていた。

15号線→16→134号線と進む。曇り空。

小さなトンネルが多い。トンネル内の柵付きの一人が通れる程度の狭い歩道だ。
そのうちの一つの長めのトンネルは、道路の左側歩道を入り口から入る私と、出口から入る相手が双方とも、トンネルの深くまで入ってしまって最悪だった。面倒事になるのを恐れて、バックして入り口まで戻り、「すみません」と言葉を出した。相手が去った後ブチギレですよ。まあ、「何で後から入ってきて、相手がいるのに気がついてからも直進してくるんだよ。馬鹿じゃねコイツ」と思っているのは、お互い様だろう。

スーパーで弁当やその他の食料を買い、住宅街の公園で昼飯。

134号線が北上し始めた頃、右足膝の関節が痛みだした。現在14時半。今日は早く出発したので、もう漕いでいる時間が長いか。

この半島はロードバイク乗りが非常に多い。ロードバイクは、一日100km~550km(東京大阪間)走ってしまうらしいので、一日で半島を回るのに都合がいい距離なのだろうか。

17時、もう疲れて今日は無理。道路脇の公園で休憩。公園というよりは、展望台のような場所で、夕日が江ノ島に沈む様子を、多くの人が見ていた。
石碑スペースでテントを張って寝た。夕飯は乾パン。

ジュース250、スーパー1900(米含む)、コンビニ250。合計2400。

東京都太田区



9月24日(土)
晴れ。冷え込む。あと排気ガス臭い。朝食にご飯とライチを食べる。
昨日書き忘れたが、LEDライトはスイッチが壊れたので直付けにした。ライトのオンオフに手間がかかるが、問題なし。
暑くなってきた。カッパを干したりして、9時出発。

歩道で刈払い機の近くを通って危なかった。立ち止まってでも道路を通ればよかった。もし使用者が周りを確認せずに刈払い機を振りかざして、足を切断されていたらと思うとゾッとする。歩道の道刈りで、パイロンも置かず、見張り人もいなくて、刃を回転させたまま、歩行者が通りすぎるのを待っているだか、何か考え事をしているだか、じっとしたままで、ロクな危機管理じゃない。ロクな危機管理じゃないのは、状態を軽視して通ってしまった私も同じだ。

最近のスーパーはエスカレーターが階段ではなく坂なんだな。これだとカートを乗せられるので都合がいいようだ。
357号線を通る。歩道橋や陸橋や橋が多い。公園で昼飯。
15時。道路は立体になって組み合わさっていて、複雑だ。まるで迷路だ。その横の歩道で、まあまあ迷いながらも357号線を走れている。今日は川崎辺りまで進めばいいなと思っていたが、あまり進まない。東京は予想とは違いどこでも寝られそうだ。人工物が多く、芝生の箇所や隠れる場所が多いため。
新木場にやって来た。東京ビッグサイトでも見てこようか、ここまで自転車で来ましたよー、って。で、そこにきた。まさか自転車で来る日が来るとは思わなかった。女性が多いが、今日のイベントをネットで調べると「擬人化王国5 ~擬人化オンリー同人誌即売会~」のようだ。

東京湾トンネル・レインボーブリッジともに自転車が通れないようだ。水上バスを使えばいいらしいが、北上して銀座辺りから15号線を使って南下しようかな。16時。問題は、今日行くか明日行くか。ここなら夜は人が少ないし、公園がある。じいさんがタバコ臭い。行こう。

橋の上から東京スカイツリーが見えた。ロードバイクの人が多い。ロードバイクも普通も自転車も、みんな早い。浮浪者が見当たらない、どこに消えたのだろうか。
日比谷公園・・・。1号線まで来てしまった。17時。どうせなら秋葉原を一目見てこようか。徹夜は元から覚悟している。
で、秋葉原に来た。人が大勢いるなあ。男・女、カップル・単独、関係なく大勢いる。活気があるというか、秋葉原の町が観光地になっている感じだ。メイド喫茶の制服やメイドのコスプレをしたチラシ配りの人が大勢いた。アンドロイドケータイとか、知らないうちに一般人までも機械の最新機種をチェックし、求める時代になっている。日本人総オタク化は始まっているな。物欲主義があるかぎり、秋葉原は存在し続けるだろう。

1号線を進む。日が沈んで暗い。小さな公園で夕飯。ここでも野宿できそうな気がしたが、無理があるようだ。蚊がいて痒いので先に進む。
東京タワーがライトアップされていてきれいだった。

東京は高いビルがボコボコと建っている。よくもここまでビルを建てたものだ。この繁栄を作ったのが日本人なのだから、日本人はすごいものだ。

今日の野宿地は川原の緑地化された場所。題名は本当は「神奈川県川崎市」だけど、東京にしたいのでこれで。川の対岸だしそんなに変わらない。寝る準備を完了したのが21時。

スーパー2050、アイス・ジュース250。合計2300円。

千葉県市原市



9月23日(金)
夜は風が強く、テントが動かないように体で押さえつけながら寝た。
朝、風は静かで穏やかな天気の曇りである。8時半出発。これからの場所、どんどん都会になっていくので寝るのに苦労しそうだな。

127号線。どうしても住宅地を通る道は、道路の拡張工事をしにくいので、道幅が昔のままで狭い。
トンネルが狭い。ただし千葉県は歩行者用トンネルが多く、それを通るのは楽しい。

公園で昼飯。水用ペットボトルの内側に藻が生えていた。たまには替える必要があるな。14時出発。

車が怖いのだ。おねげえしますだー、歩道をくだせえ。館山市から45kmの地点。キター! 幅4mはある高規格歩道! ありがてえ、ありがてえ。

業務スーパーでライチが200円で安かった。問題はその量の多さで、しばらくライチ生活が続きそうである。密かにこのスーパーは全国中にあるね。ミネラルウォーターを6箱買いしている人がいた。原発事故以降、これぐらいが当然の反応だろう。

市原市に入る前後から、16号線の海側が工業地帯になっている。ずっとまっすぐな歩道が続いている。
すき屋で休憩・トイレ・間食。この先は公園は多いようだ。都会の公園で野宿できるかは疑問だ。

20時寝る準備完了。今日の野宿地は運動公園。川との境は木が植えられており、人目を避けられる。台風の影響か太い枝が落ちていて荒れている。テントを張る場所の枝を片付けた。信号のピロピロ音が気に触る。撤収最優先で、展開したのはテントのみ。・・・後でシュラフと耳栓を追加。

東京が近づいてくると、旅が終わりに近づいていることを実感する。あと6日~15日ほどだろうか。残り少なくなっている予算的にも、あまり長くは居られない。
あえて、アレが楽しかった コレが楽しかったと言うほどではないが、全体を通して、自転車旅行は とても楽しい。毎日 新しい風景を見られる。道で会う初対面の人が話しかけてくれるなど、今までの人生では無かったことだ。
どうしても性格上、嫌な事ばかり目がつくので、イライラしてばかりだし、終わりの見えない自転車漕ぎは辛いさ。1日の終わりに地図を見て、今日はこんなに頑張ったのに、こんだけしか進んでないのかよ、って思うね。雨が降ると一日中 体が濡れて、寒いよ。部屋などの個室がなくて、全時間を外で過ごしているから、常に緊張していて 気が休まりにくいね。荷物が盗まれていないか心配になる。怖い人に目をつけられたり暴力を受けずに、朝を迎えられたことに安心する。そして車。安心できないことだらけだ。
でも楽しいさ。すっげー楽しいね。最高だ。つらいんだけど、旅を振り返ってみると楽しいんだ。
誰かの家に泊まったり、飲み会をすることはないが。でもいいんだ。ひたすら野宿する毎日でも。性格が旅の仕方に現れる。そこそこの孤独が一番自分に合った状態なんだ。
さあ、今までの人生のあらゆる事を忘れて作業できた日々は、もうすぐ終わりだ。そろそろ日常生活に戻る時がやってきた。まあ、その前に、事故なく事件なく、五体満足で帰宅しなければならない。旅は もうしばらく続く、非日常生活を噛み締めよう、スルメのように。

ジュース300、スーパー550、すき屋350。合計1200円。

千葉県館山市



9月22日(木)
バス停内でシュラフで寝た。朝、散歩の休憩でバス停に来た人で目が覚める。晴。睡眠時間6時間では あまり疲れがとれていない。

この地域は車用のトンネルの横に歩行者用のトンネルがある場所が多く、安心して通れる。そのうちのひとつはトンネル水族館の名がついていて、壁面に様々な魚が描かれた海の絵があった。美しい。美術女子大学が2年かけて完成させたらしい。

台風の反動か、快晴で日が強く、夏のように暑い。この暑さなら夜までに乾くので、洗わねば。
道の駅に到着。車イス用トイレで体と服洗い。乾燥と休憩と昼飯を兼ねて、日の当たるベンチでゆっくりと過ごす。残飯が発生、煮た人参の残りだ。ナメコのような滑りが発生していて、一口食べたら酸っぱく、これはもう食べるのは無理だ。

サイクリングロードのような道があり、しばらく海の堤防の横を走る。
410号線に移動。再びサイクリングロード。半島の先端辺りは風が強い。壊れるのでソーラーパネルの充電を諦めて、しまう。

なんだか、浮浪者に見られている気がするんだよね。前におじさんと話したとき、宗谷岬フラッグがなければ浮浪者に見えたと言っていたし。まあ、服は色落ちしているし破れているし、髪は自分で切っているので雑、さらには体臭が臭いときた。荷物が積まれている自転車は、浮浪者の自転車に見えるだろう。仕方がないのかな。自転車旅行者なんて誰も知らんよ。

17時。今日の野宿地は運動公園。公園の注意書きで関係あるもの。「テント、車内泊の禁止。焚き火、バーベキュー、花火などの火気の禁止。芝生への自転車の乗り入れ禁止。」遊具広場に行ったが、遊具がなかった。数年前に流行った、訴訟を恐れて公園からの遊具の撤去だろうか。滑り台用だった丘の上に四阿があって ぜひここにしたいのだが、45度の階段は自転車を登らせるのは無理。荷物を外して分割して持ち上げようか、面倒だ。でも他の場所だと芝生の上になり、バーナーが常識的にその場所で使えなかったりするんだよなあ。山火事は怖い。
とりあえず四阿のコンクリート机の上で米を炊く。風が強く、なかなか炊けない。
丘の裏にひっそりとテントを張って寝る。

コンビニ850、ジュース250、スーパー550。1650。

千葉県勝浦市



9月21日(水)
調理に時間がかかるニンジンやサツマイモを、調理してしまおう。
今日は曇りかと思ったら、急に豪雨になった、すぐにやんだ。天気予報によると午後から特に豪雨らしい。
今日はここで過ごしてもいいと思ったのだが、暇だ、蚊のせいで痒い。さて行こうか。どんなに濡れ続けても、夜にテントで裸で寝ればモーマンタイだ。寝袋が濡れていないという前提が必要だが。11時半出発。

メモ。濡れ続けていると皮膚がおかしくなる。赤いブツブツや、痒みが発生。体感的には3割は乾いている時間が必要。

スーパーの休憩所で昼飯。13時ごろから台風の猛烈な雨と風がやって来ている。雨で視界が100m。これは進むの無理じゃね? しかも風上に向かうし。室内と外の環境の差が激しい。・・・だからこそ行こうか。

台風が本格的にやって来た。よりによって通る場所は海岸線だ。いきなり来る突風が危険なので、平地でも自転車を押して歩く。
トンネルの出口付近(南)は、山などに当たった周りの風が圧縮してその口に入ってきているので、風が極めて強くなっている。
それ以外にも風の通り道の関係で、あまりの強風で進めなくなって、倒れないように構えた姿勢で立ち往生することがあった。

海岸の休憩所のトイレ入り口で避難。壁があると こうも風を防げるものなのか。大気が鳴り、風や雨の音がすさまじい。まあ車は普段と変わりなく通っている、スピードは控えめのようだ。
顔に当たって痛いと思っていたのは、雨ではなく砂だった。雨に混じって砂浜の砂が飛んできていたようだ。服も自転車も砂だらけ。
自転車の後部に取り付けていた宗谷岬フラッグが、棒だけ残して旗の部分がなくなっていた、風で吹き飛んだようだ、悲しい。
一度は、もう怒られてもいいや緊急なんだということで、車イス用トイレを野宿地にしようかと思い、自転車を中に入れてしまい、ブルーシートを床に広げて横になって休んでいた。この天候だと、自動車から降りようと考える人はいないだろうと思った。
やっぱトイレで寝るのは問題がある。よく見たら人感知センサーは、スイッチを切っても電灯がつかなくなるだけで、センサー自体は動いてるし。22時。数時間たって雨がやみ風がおさまり、台風が通りすぎたようなので、別の場所にしようと出た。相変わらず海は荒れた波の音がしている。

神社を諦め、とぼとぼと先へ進む。大きな小屋型のバス停を発見。今日の野宿は、ここにしよう。外灯あり。始発は6時半で早い。蚊がいるのでバス停の横にテントでもいいと思った。

スーパー2100(パック寿司含む)。


●コメント返信
>はじめまして様
>毎日、更新を楽しみにしています。
はじめまして。励まし・慰めをいただいて感謝感謝です。旅は、距離は近くなっているはずなのに、終わる気配がありません。

千葉県茂原市



9月20日(火)
テントは快適だ。やや背中が痛む。サッカードームから夜中に拍手喝采が聞こえてきたのは、なんだったのだろうか。天気予報を調べると、今日は不安定な雨で、明日に大雨らしい、台風だろうか。ワンタッチテントいいなあ、私がテントを袋から出しているときに すでに組上がっていたのは、衝撃的だった。ゆっくり朝飯を食べて、10時半出発。曇り空。

霧状の小雨。
で、今日も腹を壊す。寒さが体温を奪う。もう夏の服装じゃダメだな。

これはひどい。地面がコンクリートごとデコボコになっていたり、電柱や信号機の柱が斜めになっている場所がある。ここら辺の地盤は軟弱なのだろうか。直すには、相当な箇所を作り直す必要があるだろう。

公園で昼飯。バッグをバーナーの風避けに置いたが、冷たくて強い風が熱を奪っていくために、ガスを1缶の半分消費した。通常の5倍である。13時出発。

田んぼの中を通る126号線を進む。旭市に到着。雨が降ってきたのでマックで休憩。コンセントを期待したが、無い店が普通か。ここから店が多くなる。17時。スポーツ公園が近くにあったが、もう少し進むよ。

雨は本降り。一階だけ営業のデパートのダイソーで夜の走行に備えて単1電池を買う。電池を捨てるのは面倒だが、これなら50時間もつ。2Lの水が100円で売っていた。

20時半。車の量は減る気配がなく、相変わらず多く通っている。都会に近づくと寝る場所に困るね。すき屋で夕飯。20km先に大きな公園を見つけた、そこまで行くかあ。

128号線に移動。
その公園の5km手前の公園を野宿地とした。屋外ステージにテントを張る。外灯あり。テントであっても屋根があるのは助かる。設営が終わって、あとは寝るだけの状態になったのが 23時半、疲れた。豪雨になった、屋根を叩きつける雨の音がすさまじい。

コンビニ500、コンビニ250、マクドナルド350、ダイソーで電池200、水100、すき屋1150。合計2550円。

茨城県鹿嶋市



9月19日(月)
メモ。玉ねぎは包丁を使わずに手で千切れる。
水が長距離無補給の障害になっている。満載時に食料は2日分もつが、水は1日分しかもたない。というわけで、右前バッグの上に荷物を載せる空きがあるので、2Lペットボトルを一つ追加して、6L携行できるようにしてみる、中身は空だけど。
腰が少し痛む。体を曲げてばかりなので背中が曲がってきたような。劣化したタオルを捨てました。曇り空、9時半出発。

強烈な追い風と、茨城県のベリーイージーな平坦な道で、距離を稼ぐ。ドコモショップを見つけたのでケータイの充電と、近辺で昼飯。
ゴムが延びててずれてくるパンツと、破れたパンツの2枚を捨てました。あとカッパの下も捨てました。

午後は坂が多い。東京に近くなっていくので空気が悪くなっていくと思ったが、ここら辺の空気は冷たくて美味しい。車の通りは多い。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
全国どこにでもある店。たぶん。

服。しまむら。
スーパー。都会、マックスバリュー。田舎、A-COOP。
CDショップ。ゲオ。
家電。K'sデンキ。コジマ。
本屋。宮脇書店。
コンビニ。ローソン。
外食。マクドナルド。すき家。吉野家。
ホームセンター。コメリ。
ガソリンスタンド。ENEOS。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

海よりの245号線に移動。歩道工事のために片側通行になっていて、車が数キロ渋滞していた。

今後の目標としては、人の意見を否定しないことかな。どんな形であれ、結果的に嫌な気持ちを倍返しされる。自分の事は自分でやる、他人の事は他人がやる。

スーパーで幼女の股間に目が行って、ロリコンか俺は。子供を産めない年齢に興味を持つことが生物的に何の意味があるのか、いや無い。このままじゃ性犯罪者 行きだ。私の人生において、1m以内に接近する事 以上の女性関係など訪れない事を思うと、死にたくなる。手を繋ぐどころか、まともに話した事が無いじゃないか。
どこからか「話しかけることもせずに、待っているだけでできるわけがないじゃないか。」や「君には無理だよ」などと聞こえてくる。
というわけで、絶望の感情をエネルギーに変えて、自転車漕ぎを頑張ろう。いつだって、そうすればいい。犯罪者やストーカー、復讐、妬み、がそうだが、負のエネルギーは力強い。

道は平坦。車は多い。今日走ったところは都会で、店が多い。これから51号線に移動する。現在18時で暗い。夏は19時半で明るかったなあ、もうこんな日が落ちるのが早い季節かあ。水だと分かる程度に小雨。風が強い。
歩道がない場所や、歩道が細くて側溝ごと上下する場所があったが、多くの場所で歩道が車道の1~2本分ぐらいの広さで、広くて走りやすい。
追い風の支援が続く。トップギアはこんなに軽かっただろうか。サイクリングが楽しい。ベルトがいらない事に今さら気づいた、旅をしているうちにウエストが太くなったらしい。ホイールに、萌え絵をプリントした円盤状の板をはめて、痛チャリ化してしまおうかな。雨が降ってきた。

22時。今日の野宿地はスポーツ公園。地域住民の目が光っている普通の公園よりは、自転車旅行に対する理解があったらいいなあ、なんて思っている。明かりあり、芝生なのでバーナーは使えない。テントを張る。蚊や飛ぶ虫がいないのは 殺虫剤を撒いているからだろうか。暴走族の爆音が聞こえる、マフラーを取り付けて走ってほしいものだ。
明日以降124号線を走り、半島を南下する予定。

スーパー850、しまむらでパンツ×2枚400、スーパー850、ジュース150。合計2250円。

福島県いわき市



9月18日(日)
テントのみで寝たら、夜は寒かった。朝、思ったより酸っぱくなっていなかったので、残りの米を食べてしまう。1日水を入れておいて、炊いてから1日と1食分経過している米である。捨てる羽目にならなくて良かった。
道の駅の何人かから旅の応援をもらう。鹿児島から自転車で来て富士山に自転車を担いで上った高校生がいたらしい。自転車に乗って降ったらしい。ダウンヒル、よくあんな急な坂を自転車で下る気になるなあ。

ミネラルウォーターを買っているので、使うお金は通常より高くなっている。
枝が前ホイールに挟まって、タイヤに円周状に溝の傷ができた。破裂の要素を作ってしまうとは。
バス停の小屋で身長よりも低い位置にある横柱に頭をぶつけて痛い。
急に腹を壊して脱糞の危機をコンビニで乗り越えた。曇りになった寒さが原因か、朝の米が原因か。

長い下り坂を通り、いわき市へ。49号線の終盤や6号線バイパスの歩道は蜘蛛の巣や雑草が生い茂っていて通行が大変だった。あまり利用されていないのだろうか。市によって歩道の状態の差は大きい。まあ、地震の影響であちこちの地面に起伏が発生していて、それを治すのに大変で歩道まで面倒を見ている余裕はないのかもしれない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「君の こういう行動、こういう考えがダメだから、こうしたほうがいいよ」と言われる。私はダメな点が多いから、多く言われる。1人から言われた内容は、すでに百人から言われている。指摘されたことの多くは、治さなければ、生きていく上で、仕事で、人間関係で、マイナス要素をもたらす。善意だとしても、多くの人から人格否定され続けるのは辛い。
ただし極一部については、言った側が間違っている。そっちはそっちで対応が辛い。
仕事仲間がこんな事を言った。「言われたことを治すか、そうでなければ言われ続けることに耐えるしかない。」
別の人はこんな事を言った。「言われるだけ ありがたいよ。言われなくなったら終わりだよ。」
だから生きるという事は難しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夕方に犬をつれたおじさんに旅の応援をもらう。親切丁寧に応援してくれて、嬉しくなった。酸っぱい米や野宿地の話の他に、旅の目的を聞かれて、「外引き籠り」や、旅をする前にしていた事などを話させてもらった。

今日の野宿地は公園。純粋な公園は久しぶりだ。明かりなし、トイレ水道あり。原発の影響で外で遊ばなくなったのだろうか、雑草が生い茂っている。トイレで人気を気にしながら裸になり、服と体を洗った。服は濡れていても、裸で寝るので問題なし。
無くしたと思っていた爪切りを発見、工具箱→箸やハサミなどの使用頻度が高い物ポケット→歯ブラシや日焼け止めクリームなどの生活用品ポケット、の順で移し変えたのだった、安易に移動すると忘れてしまうな。

ジュース・水・アイス600、コンビニおかず500、合計1100。

福島県平田村



9月17日(土)
昨日の夜。蚊は初めはいなかったが、人の臭いを嗅ぎ付けたのか次第に増えていった。意外と冷えるので、シュラフに入って、バス停のベンチで横になって寝た。寝ているときは麻痺しているのか、痒くないし 蚊の気配もしなかった。
朝。5時に起床。もう刈払機の音が聞こえる、早い。6時出発。曇り空。朝飯は別の場所で。

福島市街地に入ってから、道脇のベンチで朝飯、スーパーの弁当。前輪のパンク修理。スリッパを捨てる。ニッパーが爪切りの代用になった。使用済みブレーキゴムを ゴミ箱に捨てるために、ゴムと金属に分解していた。後ろホイール左側のブレーキと当たる円状の部分、すり減りすぎてヒビが入ってないか?

草津温泉って、どちらかと言えば日本海寄りにあるのかあ。石川県とか行っているときに寄ればよかったなあ。ここから向かうよりは まだ東京や静岡から行った方がいいので、できるだけ海岸寄りを通りたいこの旅で行くのは諦めた。

ジャイント社の自転車が開店前の自転車屋に飾ってあった。長距離サイクリング用のクロスバイクで、特徴的な点は、スポーツバイクであるにも関わらず前ホイールの中心にライト点灯用のハブダイナモがついていた点だ。かなり大きかった。電池が要らなくなるし、暗い場所で勝手に点灯してくれて便利なので、興味がある。
ジャイアントで そういう完成品自転車を売っているのかと思って調べたが、見つからない。カスタム品だろうか。シマノがそういったパーツを出しているようだ。
( http://www.s-rinten.com/category/parts/1161590766.html )

午後は4号線の広い道を漕いだり押して歩いたり。小雨が降ったときは避難した、さすがに降り始めの雨は大気中のチリを取り入れながら落ちてくるので、濃度が高いと思ったからだ。すぐにやんだ。夕方から49号線に移動、この道で内陸から海沿いに戻る。

スーパーで普通の4倍はあるチキンが150円だった。しまった、おかずがあるのにスーパーでたくさん買ってしまった。
夕飯、ご飯がすっぱい。一日水につけて、さらに炊いてから一日たったご飯だ。たぶん水が腐ったのだろう。
寝る場所を確保できずとりあえず進む。暗いが、ライトがあるので進める。15km先に道の駅があるようだ。そこまで行こうかな。

道の駅「ひらた」に到着。建物の裏で寝られそうだ、良かった。
ここまで来る途中で、赤いライトを何個も点滅させて走るロードバイクに乗った夜間サイクリストが3人も通りすぎたが、仲間集団だったのな。自転車ごと休憩室に入ってしまうのか。前もって畳の休憩場所があることを調べていたのだろう。

コンビニ250、アイス・ジュース・水550、スーパー1850。合計2650円。

福島県福島市



9月16日(金)
暑さで目が覚めた。直射日光でテントが暖められ、熱気が籠っている。テントの支柱が折れていた。3cmほど短くなっただけで、まだ使える。パンや菓子など、持っているものを食べて朝食とする。快晴。

心が 豆腐メンタル な僕は、鬱か何かで、体が動かなくなっている。道の駅の裏の、誰も来ない場所で座り込む。11時、余裕が出てきたので、こうして日記を書いている。
感情と行動を分離しよう。体を動かしながらでも 落ち込める。さらに思考も他のことで埋めてしまおう。巨大な無理数を 誤差なく有理数の分数で表す形に変換する手法の妄想をしよう。
さあ行こう。私は私が大好きだ。全力で他人という存在を嫌いつつ、自身が嫌われると言って嘆いている自分が大好きだ。絶望や自虐の時間など至福だ。誰にも相手にされず惨めに死んでいくであろう自分が大好きだ。他の思考回路など なりたくない。私は私の生き方しかできない。それほど頑固な信念ならば、誇りを持って 生きるべきだ。さあ進め。

115号線を進む。広くない山道だ。トラックなど大型車両が多く通るので怖い。昼飯は食べる気が起きなかった。タイヤの空気入れの変換コネクターをなくした。空気入れを自転車に固定するゴムが切れた。

死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。
どこからか声が聞こえる。「じゃあ死ねよ。死ねないなら、まわりに迷惑だから言うな。」
もう どうしていいのか分からない。

死にたいという言葉には3種類の意味がある。
一つは、寂しがり屋の かまってちゃん。他人の良心を利用して振り向かせる。
一つは、死にたいと口にすることで 相手に譲歩させて問題を解決しようと試みる、甘えんぼちゃん。
もう一つは、本当は死にたいとは思っていないが、死ぬ以外に目の前の困難を解決する方法が見つからない時。人脈・話術・法律・体力・ストレス解消的に問題解決の「引き出し(手法)」が少ない場合、または 神経がすり減っていて 視野が狭くなっている場合(本当は周りにいくらでも解決方法があるのに、もしくは 気にしないだけで良いのに)、この思考に陥りやすい。

伊達市(だてし)に到着。少し元気になった。スーパーで買い物。水道水の放射能値の関係だろう、スーパーのミネラルウォーター汲み場は人気だった。福島産の梨が6個で298円で安かった、1個50円だ。まあ、少なからず放射性物質が付着か、内部に取り込まれているのは確かだろう。

18時半。今日の野宿地はバス停。屋根がある。登坂車線の途中にあり、住宅から少し離れているので利用しやすい。

ジュース500、スーパー2100(ピザや弁当を含む)。合計2600円。

福島県相馬市




9月15日(木)
6時半、朝遅く起きる。夜は霧のような子雨が降ったのでテントにフライシートをかけて寝たが、北海道と違って ここら辺はまだ暖かく、シュラフなしで寝られた。ここは下が草むらで自炊ができないので、移動。この公園には仮設住宅が32戸あった。別の公園で朝飯を食べ、8時半再出発。

名取に自転車屋あさひを発見。もうここまで出店が北上しているのかあ。4号線は店が多くたっている。同じ市に壊滅した場所など無いかのようだ。6号線に移動。6号線バイパスは歩道があり通りやすい。道の駅「そうま」に到着。ここら辺の人はみんなタバコ吸うなあ。歩きタバコに、コンビニ前や道の駅でのタバコ。結構タバコ臭い。

南相馬市に到着。けっこう車の通りが多い。原発事故による通行止めの周辺は、大型チェーン店であっても閉店している店が多かった。店の一つには、従業員が足りず開店するに至っておらずご迷惑をおかけします と書かれていた。6号線の検問所に到着。(2枚目の写真)。ここから先は通れない。若い警官がやっていた。他の人の話に便乗して警官に聞いてみると、範囲内に入っていく車は、政府から委託を受けた電気工事などの業者や、政府関係者らしい。

道の駅「南相馬」に到着。近くにテントを張っている、徒歩のリアカーで日本一周旅行者に話を聞くことができた。途中から、原発やタクシーで働いていて今は避難所にいる現地の人が加わり、様々な話を気けた。特に原発関連や、この地域の放射能濃度と政府のデタラメな安全宣言の話が重要だった。
内容はカットする。あとで書くこともあるかもしれない 。
死にたいと思いながら、夜中の6号線を北上し、道の駅「相馬」の芝生にテントを張って寝た。夜中の1時半だった。

ジュース300、コンビニ菓子アイスジュース450、コンビニ500。合計1250円。


●コメント返信
>yoshi様
>福島県 南相馬市 原町区 道の駅(南相馬)
分かりやすく書いてくれて ありがとうございます。境界線ギリギリの都市ですね。南相馬市は迂回路より25km南下することになりますが、今のところは原発半径30kmの境界線を見るつもりでいます。

宮城県仙台市



9月14日(水)
朝にグランドゴルフ大会が始まったので、急いでテントを片付けた。何人かに旅の激励をいただいた。東京湾フェリーを利用すると便利とのこと。この先の45号線は通れずに迂回する場所があるとのこと。自転車旅行者のチャリを見かけた。気分がすぐれない、体調は通常以下、風邪にでもなりかけているのだろうか。10時出発。雨が降りそうな天気だ。

石巻市に行く45号線が通れなくなっていた。迂回路は自動車専用道路なのか。257→21→196号線で行ってみようか。即座に道に迷い とりあえず進んでいると、看板による案内があり、61→30号線で 45号線に復帰できた。

道の駅で、石巻市に住むおじさんと会話。私の理解力が低いので、どこまで正しく聞き取れているかや、文章にできているかは分からない。
床上30cm浸水。津波で車2台とバイクがダメになった。主にドブ水などで、泥被害はあまりなかった。地震による被害は、瓦などは落ちたが、ほとんどなかった。自衛隊や全国から来てくれたボランティアの人が色々してくれて、家の土も片付けてくれて本当に助かった。
石巻市は死者と行方不明者を合わせて4千人を越しており、石巻市周辺の被害は災害全体の3割を占めている。多くが海に流され、過半数の遺体が沖合いで発見された。被災直後に橋の上から海に浮かぶ遺体が多く見えた。なので石巻市の映像は画面のどこかに遺体が写っているので流せないそうだ。火葬場が被災して、しばらくは土葬をしていた。復旧してからは火葬に切り替え、土葬の土を掘り起こして火葬している。災害直後に、死体の指を切断して指輪泥棒があったなどという話は一切聞いていない。最近は町中に幽霊が出るだとか、遺体を安置していた体育館の前を通ると肩がこるだとか聞く。
福島は 誰もいなくなってから、ATMの強盗が結構あったそうだ。電気が通っていないから警報装置も作動しない。
北海道の悲惨な民宿の話。今は若者のバイク離れが進んでおり、北海道を走るライダーも減っている。冬にスパイクタイヤを装着して宗谷岬でテントを張って元旦を迎えるライダーがいるとか。
静岡にある まるこじゅく という店のトロマグロ丼が美味しいらしい。
焼津は言葉が荒かった。二言目には「馬鹿野郎」と言い、親戚の女の子も馬鹿野郎と言っていた。(私の親父もそうだ。あれは地域の性質だったのか。)
昼飯をご馳走してくれるとのことだが、そんな身分ではないし、最近は対人恐怖症が悪化していて いっぱいいっぱいだったので、断らせてもらった。

石巻市(いしのまきし)に到着。雨が霧状に少し降っている。海から離れている部分は普段通りである。本屋で東日本大震災の写真集を見る。石巻市や女川町は特に被害が大きくて、災害直後はそこらじゅう瓦礫だらけだったようだ。マックで昼食、コンセントがあって助かります。ここまで来ると、コンビニはもちろん、道の駅やスーパーにもゴミ箱があり、ゴミ捨てに困らない。

松島を通る。名前の通り、小島が多く海にある土地で、日本三景の一つのようだ。小島が波を吸収して被害が少なかったのだろう。
浜田トンネルの横に気になるスペースがあり、行ってみたら旧トンネルがあった。入り口は土で塞がれているが、上の部分は開いており中の様子が見れそうだ。何か出そうな気配で 雰囲気が怖くて行けない。廃隧道探索の人は、よくこういった所を行けるなあ。
鉄道が走っている! すでに復旧したようだ。

仙台市に到着。夜になり暗い。45号線沿いの店は、多くがすでに店を建て直して営業していた。一部の店は壊れたまま閉店している。海から4km以上離れているのか。

困った、どこで寝よう。近くの公園に行ったら仮設住宅が建っていた。建っているとはいえ、遊具や四阿の場所は建っていないので、公園の隅にテントを張るか、別の場所にしようか。蚊が多い。20時、仮設住宅から離れた公園の隅の、木の塀の隙間のような場所にテントを建てた。

さてここからは、どんなルートで行こうか。
6号線の海岸沿いを通り、福島第2原発を避けるために長い山道となるだろう113号線辺りを通って4号線に行くルート。6号線は どこまで復旧できているだろうか。仙台から4号線を通り 始めから内陸を行くルートもいい。
( http://www.mlit.go.jp/common/000141260.pdf )
によると、6号線は すでに通れるようだ。仙台→6→相馬市→115→4→49→6号線→いわく市 が、原発30km以内を避けつつ もっとも海岸よりを通る国道ルートになるだろうか。

マクドナルド750、スーパー2450(米含)、ホームセンターでカセットガス300。合計3500円。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自転車装備品のアイディア。
ポータブルプロジェクターで地面に投影する。投影する画面は、アンドロイドケータイや、タブレット型パソコンの出力画面。光が弱いので曇りの日や夜しか使えないかも。地面という大画面を使えるロマンはある。今度、防水アンドロイドケータイが出る。ケータイだからパソコンに比べて起動時間が長いだろうし、自転車ハンドルバッグの上に搭載する機器としては、ぴったりだ。

自転車にポータブルプロジェクターを取り付けて、夜間に走りながら地面に投影してかっこいいの案に進展。
ドコモのプロジェクターケータイ SH-06C なら、ハンドルに下向きに取り付けるだけで実現できる。外部バッテリーやパソコンやアンドロイドケータイを用意する必要がない。どうせすることは地図の投影やYoutubeの動画再生だし。あのケータイはハンディライトを投影する程度の中途半端なプロジェクター性能なのが問題だと思う。専用機に比べて、解像度が低いし、画像がボヤける。大衆向けではなく 人気がなさそうだから、安く機種変更できるかも。機種変更後も、プロジェクターケータイは遊び用にして、元のケータイをメインにしてSIMカードを差し替えて使えばいい。調べてみると、防水ではない。7万円でめっちゃ高い。裏返すと投影終了の機能が誤作動しないか気になる。投影向きを変えられるだろうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

宮城県津山町





9月12日(火)
コイン精米所の横で、蚊除けの為のテントとシュラフのみで寝た。夜中に雨は降っていない。朝起きると、飯盒に米と水を入れて撤収。朝は車で自分の家のあった場所にいく人を何人か見かけた。
ケータイの電池残量が厳しい。電池を買って充電すればいいか。平地の公園が消滅しているので、飲料水確保が難しい。コンビニで水を買えばいいか。

昨日通れないと思っていた場所だが、横に歩行者通行用の砂利道があった。
1km進んだところに道の駅「大谷海岸」があった。建物は半壊しており、横で仮設の建物を建てて営業しているようだ。朝飯を食べる。この道の駅は鉄道駅が同じ建物内にあり、日本一海岸に近い駅とのことで、歩道橋に上がって海岸を見てみた。美しい砂浜だ。元の状態は分からないが、砂が流されて少なくなっている かもしれない。9時半再出発。疲れている。曇り空。

応急で作られた橋を通る。鉄板に滑り止めの薄い砂が貼り付けられた路面に、鉄骨を何本も直接地面に打ち付けて作られた橋脚だ。こういったのは自衛隊が作ったのだろうか? 道がなければ救援物資は効率的に届けられないわけで、重要だ。道ができるまでの間は、空輸や海輸で被災地まで食料などを届けていたのだろう。

南三陸町の伊里前湾の部分に到着。こういった平地が広がる場所は壊滅傾向にある。きれいさっぱり、何もなくなっていた。もちろん瓦礫を撤去したから そうなっているのだろう。山の方に瓦礫が山積みになっていた。ここでは橋の修復が終わっておらず、現在修復作業中で、45号線は 迂回路になっていた。
相変わらず鉄道の橋がなくなっている。平地に線路を敷くだけなら楽だが、ここの土地は道が険しいので、トンネルや橋を非常に多く使っている。鉄道が再開する日は何年後なのだろうか。
ユンボやダンプが作業しているのはどこも同じだが、ここでは蛍光カラーの服を着たボランティアと思われる人たち20人ぐらいが、スコップ片手に手動で瓦礫や土の撤去を行っているようだった。
後ろめたさ全開で その場をあとにする。
バスが何台か置いてある前を通るときに、おじさんからアイスをいただいた。仲間がいると思って買ってきたけど、誰も居なくて このままだと溶けてしまうから食べて、とのこと。ありがたく頂戴いたします。
さらに後ろめたくなった。道路を走っていると、ボランティアの皆さんありがとう、などと書かれた横断幕を見かける。何もしていない自分はなんなのだろう。ただ、仮設住宅への入居が進んでおり、土木屋が重機で道や土地を修復しており、次は大工が家を建築するだろう。技術を持たない自分にできることは なんなのか分からない。

別の平地に到着。まるで空爆された後のような廃墟だ。大まかな瓦礫の撤去は終わっているが、細かい撤去はまだまだで、壊れた電柱が横倒しになっていたりする。水溜まりになっている地帯もあり、とても家を建て始められる状態ではない。5か月たって やっと この状態だ。重機が何台あっても足りない。
もしかしたら、多くの家庭で家を新しく建てる金がないので 家を建てずに そのままなのではないだろうか。
分からないことがある。復興作業をする土木屋の人たちはボランティアだろうか?公共工事で、地方自治体が指示して工事を行っているのだろうか?
被災直後の様子の写真はどうなっているのか? 家は土台だけになっているが、どこまでが人の手で瓦礫を撤去したのだろうか?
どこまでが国が面倒を見て、どこからが個人の負担なのか分からないが、いくら金があっても足りないな。消費税を15%に上げるしかないな。

よそ見をしているうちに、カモメに手に持っていたパンを食われた。左の鳥が何回も鳴くので そっちを見ていたら、右の鳥が後ろから飛んできて食った。ひどい連携プレイだ。

道の駅「津山」に到着。横に公園があり、どこでも野宿できそう。飲料水を補給し、水と米を飯盒に入れる。16時。もう夕方だ。日の入りが早くなっている。曇り空だから夕方のように見えるだけか。

いつの間にか爪切りを紛失していた。今までに無くした物は、他にソーラーパネルの固定用金具がある。こちらはたぶん誤ってごみ袋に入れてしまったと思う。

おじいさんと会話。又聞きだし 私の理解力が低いので どこまで正しいか分からない。
支援物資は体育館などの避難所や仮設住宅にしかいかない。彼らには有り余るほど配られる。仮設住宅には入れない人が多くいる。避難所に行きたくない人がいる。救援物資もある程度届くと余ってくる。おにぎりが余っていて、その余ったおにぎりをどうするのか聞いたら、捨てるのだと。その人は、せめて子供だけでもと思い、子供に おにぎりをもらいに行かせたら、くれなくて子供が泣いてしまった。そういった点に、行政のいいかげんさがある。
土台だけになった自分の敷地に、行政が危険だとか言って家を建てさせてくれないのだと。家を建てることを規制中らしい。その人は仮設住宅にも入れなくて、キャンピングカーを買って放浪中らしい。まだ服が、被災した当時の半袖のままだそうだ。
ブルドーザーなどは全国からボランティアで来ている人っちも多いらしい。
これから瓦礫の山の処理が大変だ。お金がかかる。どこの地方も口では支援しますだなんて言っているが、自分の所にゴミの山が来るのは嫌がる。最終的には東京の夢の島のように、海に埋め立てるしかないんじゃないだろうか。
福島の避難区域内は避難後に強盗が入って どこの家も荒らされてしまった らしいとのこと。

この道の駅は木のアスレチックやグランドゴルフ場があり、最奥に大きな四阿がぽつんと建っていた。野宿者には助かる。水道もある。そこで夕飯。虫が気になるので、近くにテントを張る予定。疲れが蓄積していて、走行距離も延びないので、ゆっくり休んで明日に備えよう。

コンビニ450、ジュース150。合計600円。


●コメント返信
>yoshi様
>ここでボランティアしている 山城賢治さんを紹介したいと思います~
コメント&紹介 ありがとうございます。今後の予定は分からないですが、福島県は早く通りすぎたいと思う反面、原発から30kmの境界線は、この旅において特に重要な地点であると考えているので、記憶に留めます。

宮城県気仙沼市



9月11日(月)
うろちょろするおっさんが気になって早めに出発。一人でキャンピングカーで旅をする人は、なぜ共通するのか、風貌が怪しく見える。

大船渡市の市街地に到着。高度の高い場所から町が始まっていて、上の方は普段通りだった。スーパーがあり靴屋、ドコモショップもある。ただ、海に近い辺りになると建物は崩壊していた。漁港が被害を受けたようだ。

陸前高田市に到着。広大な草原が広がる。たぶん田んぼ だったんじゃないかと思う。海に近い辺りは壊滅しており、瓦礫の山が積まれていて、少量ずつベルトコンベアで運んで瓦礫の粉砕(分別?)作業が行われていた。
何もない。都市がまるごと消滅している。体感的には95%の建物が津波の被害にあったんじゃないかと思う。瓦礫の山はマンション何個分になるのだろうか。アパートの4階までガラスがなくなっている。津波はそんな高いところまで来たのね。ちなみにケータイの電波は通じる。トラックの通行が多い。町の中は作業で埃が舞っているので、マスクが必要だ。石の山で臨時の堤防を作っているようだった。45号線は橋が作り直されていた。横では本来の橋が橋脚だけになっていた。町の中は池になっている場所がある。海との境界は本来よりも陸側に移動している気がする。地図を見たら、元々池があったようだ。

人口:24246名。世帯数:8086。死者数:1551。行方不明者数:436。死亡認定者数:230。住宅、建物被害(全壊数+半壊数):3341。

もはやここは、地域に金を落とそうにも店がない。住民が居ない。何もない。復興かあ。家作って、船や農作業に使う機械を用意して、会社作って、店作って。養殖や農作物はすぐに取れるものではなく、長い前準備が必要だ。復興して元通りになるまでの期間、若者が地域に留まるかどうか。まあ故郷は故郷だし、再び元通りになるだろう。

気仙沼市に到着。気仙沼市のフリーペーパーによると、自衛隊はすでに撤収しているようだ。45号線は山の方にあるため、その辺りの家や店を見ると、町が健全なように見える。遠くを見ると、大きな船が陸に打ち上げられたままになっていた。Google航空写真を見ると町が廃墟になっているようだ。
疲れがたまっている、休もう、というか動けない。ドコモショップで充電と、スーパーで買い物。ケータイに二時間充電しても満充電にならなかった。野宿しに公園に行こうとしたが、その途中の学校の校庭に仮設住宅が90棟ほど建てられていた。公園もたぶん仮設住宅があるだろう。夕方になり、45号線は渋滞している。寝る場所が定まらないまま夜を迎える。先に進もうとしたが、車の通りが多くてなおかつ歩道が崩壊していたりして、夜では とても進めない。海側に行ったら、明かりひとつない廃墟だった。人様の土地なので、どこでも野宿できそうで、なかなか難しい。青い回転灯をつけた地域の自主防犯パトロールと思われる車が見回っていた。外灯があるコイン精米所の横のスペースに陣取る。蚊などの虫が多い。

ジュース150、スーパー2400(パック寿司含)。合計2550円。

岩手県大船渡市



9月11日(日)
昨日の雨の影響で服が濡れているので、テントを張って寝た。明るくなって気づいた。川の横の平地は、土台だけになっていることを。ここには家があったんだな。
朝日新聞サイトによれば「震災の死者1万5781人、不明4086人 10日現在」となっている。
ブレーキゴムを4箇所全部交換。取り付け方が下手なのもあるが、前ブレーキの消耗が早い。急がなくてもいい緩やかなブレーキの時は、前しか使わないことも多いもんな。曇り空。8時45分出発。

山田町に到着。仮設ローソンに半壊ホーマック、仮設ほかほか弁。しまむら は すでに建て直したようだ。それらの店が、土台だけ残して消えた平野の中にポツンと建っていて開店中だ。ポツンの表現は大袈裟かな。まだ崩していない建物は、外壁が剥がれ落ち鉄骨がむき出しになり、当時の惨状を伝えている。それでも、崩れていない建物は多い。訂正、廃墟になっていて、まだ崩していない建物は多い。崩すほどではない建物もあるかもしれない。電柱は建て直したようだ、復旧が早い。
スーパーがあった。助かった。建て直したようだ。店内は新しい。
ひとつ分かったことは、瓦礫の撤去は終わっているものの、まだ家を建築し始める気配はないと言うことだ。
45号線に車は多く通っている。スーパーの駐車場にも車は多く止まっている。
今の被災地に必要なものは”外貨”、観光収入や 物を県外に売って得る外のお金だと思う。外のお金が来れば、地域で循環するお金が増えるので。
データ。山田町の人口:18,625名。世帯数:6605。死者数:600。行方不明者数:246。住宅、建物被害(全壊数+半壊数):3184。

道の駅「やまだ」に到着。ここは地域の人の交流場になっている面がある。人は多くいる。話を盗み聞き「飯盒 役に立ったね。」「中学生や高校生のボランティアが力強くて、頼もしく思えたね。自分だけが良ければいいと思っている年代が、震災を経験してね。夜は真っ暗で電気が通ってないからケータイもゲームも使えなくなくて、会話が増えた。」「みんな仮設住宅に入れればいいね。国から~~してもらって~~、さてそれから~~。」

気になることがある。道を走っていると、津波災害想定区域なる看板がある。さらには、昭和5年 三陸大津波 到達地点なる看板がある。実際に被害にあった場所は ここより下の地域だ。昭和5年以降であれば 被災後はしばらくは大きな災害は来ないだろう ということで その地に住めるが。ここはリアス式海岸であり、海岸の内陸部は 津波が集結して高くなる場所だ。実際に甚大な津波被害の出た場所に住むのは、津波が起これば被害が出ることが分かっている場所に住んでいることになる。住める場所が少ない日本だからだろう。そのための高さ5m以上はある強固な堤防だったのだろう。じゃあ次は高さ20mの堤防を作ればいいのだろうか? それとも、災害に人は無力であるということで、その時はその時で と考えればいいだろうか。

鉄道は線路の上に草が乗っている、まだ復旧していないようだ。
釜石市に到着。線路が 土を盛った土台ごと無くなっていた。よく考えてみれば、鉄道はトンネルや橋などすべてが復旧するまで走らせることができないので、復旧までは時間がかかりそうだ。
駅を見つけた。唐丹駅だったかな。小屋になっているホームの待合室は居心地が良さそうである。今なら線路を歩いてトンネルの中まで入れそうである。トンネルを出た川の部分で鉄橋は崩壊していた。もしかしたら崩れる危険があったので人の手で壊したのかもしれない。この鉄道は、なぜ架線がないのだろうか。被災後に片付けた? 元からディーゼル式の鉄道なのだろうか。
警察によるパトロールは極めて多い。南の都市に行くほど、建物の解体や瓦礫の撤去が進んでいない気がする。
良浜駅に行ってみた。立派な有人駅だ。ホームには電車が停まっていた。もうずっとここにあるのだろう。隣接する集会所は選挙の会場になっているようだった。

20時、道の駅「さんりく」に到着。トラックの駐車が多い。トイレの裏がなんとか人目を避けながらテントを張れそうなので、そこに陣取る。自炊して、トイレで服と体を洗う。

コンビニ650、スーパー1350、コンビニ800。合計2800円。

岩手県宮古市



9月10日(土)
5時に起きて5時半に出発。朝飯は別の場所で食べよう。
テントは撤収を考え最小限で、フライシートを被せなかったが、夜に雨が降らなくて よかった。住宅街の近くは寝にくい。今後はこのような寝かたが多くなるのだろうか。曇り空。

マックスバリュで売っている88円のすき焼きや親子丼のレトルドパックは、これで一人前と言い張れるのか疑問なほど量が少なく、量が中途半端なため 買うなら他の方がよかった。一人前にするには4パックは必要だろう。

初めて目にした大震災の被害は、堤防がなくなっている場所だった。津波が全部崩していったのか、作り直すために人の手で崩したのかは分からないが、とにかく堤防がなくなっていて、その残骸のコンクリートが割れて横倒しになっている。家だった残骸は行き場なく、特定の箇所に集められて山になっていた。

結構 山を登ってきた。一時的に小雨になった。道の駅「たのはた」に到着。裏の公園で昼食。どこでも野宿できる良い場所だ。
コンビニが朝入った場所以降見当たらない。スーパーがあればいいのだが。本格的な雨がきた。
道の駅「たろう」に到着。道路情報ルームが、おみやげ屋とは別建物になっており、トイレや畳スペースがある。ここは野宿しやすそうな場所だ。16時。

とある集落は、土台だけ残して都市がなくなっていた。上にあった瓦礫は取り除いたのだろう。とにかく、土台だけ残して更地だ。
ガソリンスタンドが当時のままの、曲がった鉄骨に壊れた屋根、なくなったガラスと廃墟の事務所の状態で営業していた。ここにガソリンスタンドがなければ 長い区間ガソリンスタンドがない地帯が出てしまうので困るだろう。
こちらも行き場の無い瓦礫が山積みになっていた。高さはビルの3階ぐらいだろうか。高さは重機の関係で限られているので、瓦礫置き場は横に長い。これを捨てる場所は、どこがあるのだろうか。
18時。もうすぐ宮古市だ。今日の道は、上りか下りばかりだ。下りはすぐに終わるので、体感的には 上ってばかりだ。この先、こんな道ばかりになるのだろうか。コンビニを発見。この先 補給地が不安定なのを恐れて 多めに買う。

宮古市に到着。高い場所は何も異常がないように見える。海面近くの高さの平地に到着。暗くてよく分からない。やっている店はやっている。住宅が飛び地で土台だけになっているのは、地震の関係だろうか。堤防の外に行き来するための厚くて巨大な金属の門が変形していた。歩道が砂利道だったりする。

今日の野宿地は、津波から守るための巨大な川の門 の横。門は上下に移動して水を塞き止めるタイプのものだ。門の施設が川を横断するように何個も建てられている。

コンビニ700、道の駅で菓子ジュース野菜650、コンビニ1150。合計2500円。

岩手県久慈市



9月9日(金)
朝、曇り空。ゆっくりテントを片付けて朝飯を食べて9時半出発。駐車帯内で刈り払い機を使用し始めたので、体と服洗いは別の機会にした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ネガティブ

夢の内容。卓球で二人ペアで打ち合う。私は打ち返せず、私のところでラリーは終わってしまう。「無理に返そうとしなくていいから」と言われる。バカの一つ覚えで どんな玉もドライブで返そうとせずに、ツッツキも使え ということだ。夢の中で指摘されるとは。だが実際こうだった。

高校の部活は学年の後半はよくサボって出なかったが、正解だったと思う。部活はうまくなかった。そして一緒にやってくれる相手がいなかった。話してくれる人はいたが、それでもボッチだった。もっとボッチなのは教室だ。

思い出したよ。休み時間になるたびに図書室にいっていたことを。漫画や、最新号の雑誌 が置いてあるので 読んでいた。
中学も昼休みは図書室に行っていた。漫画がおいてあったっけ。

「みんな誰しも人生が大変」。大変なのは分かるが、、、、、。まあ少なくとも こんなセリフを言われた時は、「お前に興味は無いから、苦労人アピールして優遇される立場になろうとするなカス」ということだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

歯が痛い。左下奥歯だ。金属歯の中でまた虫歯になっているのだろうか。これだけ歯磨きをサボっていれば どこか虫歯になっても おかしくない。それか親知らず。

直射日光で暑い。太陽から熱気をわけてもらい、少しは元気になった。
八戸市からは45号線を通る。まるで有料道路のような片側二車線の整備された道路だ。高架橋を見たときは、歩道があるか心配だったが、無事通れている。
八戸市街は店がたくさんあって都会だ。ホーム店でクリップを買い、ソーラーパネルを電気コードを繋げると、再び使えるようになった。これで再び2枚体制で充電能力に余裕が出た。
ドコモショップで充電、外の建物の横で遅い昼飯、といってもパンや菓子など軽いものだ。

岩手県に突入。洋野町だ。45号線はアップダウンが激しい。野焼きを多く見かけるのだが、いつもこうなのかな。200円のキャンプ地である「北侍野営地」を目指しているのだが、遠い。疲れたなあ。45号線の横の無人神社で休憩。19時。
ここでテントを張って寝よう。朝は早めに起きて片付けようかな。今日は晴れで午後から元気が出た。落ち込む日もある。明日からまた元気に旅を続けるとしよう。

ジュース500、クリップ300、スーパー2400。合計3200円。


●コメント返信
>カナリア三世様
>Please forgive me.
>お互い苦しいのーーー まあもう文句や悪口は書かないから安心してくれ。
静かに私の目の前から去ることを選択してくれたことに、感謝いたします。

青森県三沢市



9月8日(木)
7時半起床。明るくなってからも寝ていたので、もう10時ぐらいかと思ったが いつも通りだ。

何かがおかしい。思考能力が低下している。まるで熱を出して寝込んでいるときのようだ。数秒前の記憶が消える。さっき ボットン便所で立ち上がるときに 上の台に頭を強打した。この状態で安全に運転できるのだろうか。

神社で昼飯。空は曇りで、まるで心の憂鬱を写し出しているかのようだ。

道は主に森の中を通る。集落の場所以外は店や民家がなく、まわりは木ばかりだ。坂は多いが、多くは漕いで登れる程度の緩やかな坂だ。
六ヶ所村周辺には東京電力や原燃などの 広い面積の有刺鉄線付きの施設が建っていた。原発を建設中らしい。
・・・ふと思ったが、地下原発は なぜ建設されないのだろうか。地下核実験を行うぐらいだから、万が一 核爆発が起きても安全だとアピールできるのではないだろうか。建設のコストや維持費の高さや、建設の実績がない関係だろうか。
15時現在、晴れている。橋の横の 行き止まりの道で休憩。

三沢市に入ってから338号線は路肩が無いか あっても20cmぐらいで、走るのが怖い。
途中のコンビニは店員さんが美人だったので、弁当まで買ってしまう。青森は美人が多いと思う。
反射材タスキを着て、さあ夜を走ろうと思ったが、やっぱ無理。車が避けないだけで轢かれるから、路肩がない道を夜走るのは怖い。
今日の野宿地は道路脇休憩地。芝生スペースがあり、初めはベンチに座って酒を飲んでいたのだが、蚊が大量に来たのでテントを張った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
気分が落ち込む。

ワタシハ イラナイ コ。
私が 居ない方がマシな存在なのは今に始まったことではない。第三者の評価に自己の価値を依存しているとは、悲しい思考体である。この旅が私の人生の最後だと、常々 感じる。進もう、行こう。気持ちと行動は分離できる。

どんな些細な問題でも、生活や行動に支障が出るほど思い詰めて 潰れてしまう。問題ないとすることができない。物事の優先順位がつけられない人は、こういう事だと思う。

やりたいことが見つからない。自分が楽しむべき趣味が見つからない。何を人生の楽しみとすればいいのだ。もちろん一人で だ。つまらない。惨めだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スーパー1250、コンビニで弁当や酒900。合計2150円。

青森県むつ市大平山田



9月7日(水)
朝、寒い。空は明るいが小雨が降っている。寝具を片付けて 朝飯を食べて、8時半出発。
コンビニのサークルKには118円ぐらいで様々な種類のおかずが揃っており、使いやすいなあ。

むつ科学技術館に行った。子供向けの光や風の科学の不思議実験設備がたくさんあった。例えば空気より重い二酸化炭素の上に浮くシャボン玉や、風によって形が変わるミニドームの中の砂丘などだ。他に、メインとなる原子力推進船むつの原子炉や制御室、指令所などの展示があった。屋外にはスクリューが展示されている。原子炉は実際に使われていたもので、放射能が出ているようだ。鉛ガラスなどで遮蔽されているので安全を保ちつつ中の様子を観察できるようになっているとのこと。β線測定器(?)があって、湯の花や肥料やクリスタルガラスなど、様々な物の測定ができた。制御盤を見ても、なにかスイッチがたくさんあって複雑そう だとしか分からなかった。原子炉も同様で、なにか複雑ですごそうな物体だなあとしか分からない。でも現物を見れて良かった。幼稚園児の団体さんが来ていて、けっこう騒がしかった。元気だなあ。
そうそう、深海生物の標本があり、そのうちの一つのミミズのような形の生物は、口も消化器官もなく、体内に飼っているバクテリアから栄養をもらって活動しているらしい。バクテリアはバクテリアで、海底から涌き出る温水などをエネルギー源にしているのだと予想する。こういった現在主流の生物とは違うシステムで生きている生物がいると安心する。地表で大気が遮られるなどして生物が生きれない環境になったとしても、地球上に生物が存在し続ける可能性が高いからだ。

恐山に行く。恐山街道は13kmとあるが、全箇所山道なのでなかなか進まない。途中にある若返りの湧き水を飲んでみた、冷たい、少し 草を潰した味がするような。一時的に強い雨が降った。恐山へ続く道は、山を上って下る。
14時、恐山霊場に到着。日中に到着できて良かった。硫黄臭い。恐山霊場の前にある「宇曽利湖」は、水としてあってはならない白濁の緑色をしている。湖に生物はいないと思う。三途の川の橋なんてのがあった。
寺の敷地内を見回る。草や木が生えていない地帯がある。黄色い硫黄が付着した岩から暖かい煙が出ていた。観光客か誰かが、石を積み上げたり、風車を刺したりしているのだろう。風で風車の回る音があちこちから聞こえ、殺風景な大地に石が積み上がっている様子は、非日常的で不気味に感じる。石を積み上げるのは、あの世の 三途の川の河原で、親よりも早く死んだ子供は 罪滅ぼしに石を積み上げなくてはならず、最後の石を積み上げる前に鬼が石を倒してしまうので 石を積み上げる作業が終わらないという伝記によるものだと思う。
その後、寺の敷地内にある温泉一ヶ所に入った。温泉は5箇所あり、そのうち男は2箇所、女は2箇所入ることができる。温泉の中でおっさんの話によれば、もう一ヶ所の湯は10年前は入れたと聞いたとのこと。壁の注意書きには、入浴時間は3分から10分にして下さいとある。他には、顔をつけないで下さい、飲まないで下さい、とある。強い硫黄温泉だ。熱い。臭い。風呂の底が黄色くなっている。硫黄温泉は 非日常的なお風呂で良いね。少しの毒は良い薬になると言うし。湯船に浸かり、お湯を満喫した。水で体についた硫黄を流してから、風呂を出る。

おじいさんと会話。若い頃は自転車でカナダを横断したとのこと。今回は東北に自転車旅行に来ていて、定年してから自転車に乗って様々な場所に行くようになったとのこと。元気です。若い頃は 忙しい期間以外はスポーツジムに通っていたそうだ。やっぱ、若いときに体を動かしている人は 年よりになっても元気だ。
RCC(Aがつくかも)というサイクリングクラブに世界各地を旅する冒険家が所属しているらしい。
東日本大震災のボランティアについて。はらまき駅 を降りた とうの の場所にある まごころセンター でボランティアを受け付けているそうだ。自分のやりたいボランティアを選べるらしい。体育館を寝所に提供していて、食事は自費で行う。全国各地から様々な年代の人が来ていたらしい。

16時に自炊して飯。昼食は菓子パンだけだったので 物足りず食べる。変則的な飯の時間になる。17時恐山霊場を出発。
恐山まで来る4号線の恐山街道の途中に 四阿があった。とりあえずそこまで行こう。途中にある若返りの湧き水で給水。・・・四阿に行った。薬剤散布中につき危険との看板が四阿の前に立てられているぐらいだから、危険なのだろう。諦めて、前に寝た事のある運動公園で寝ようかと考えながら違うルートで下山。山の上から見るむつ市の夜景は、暗闇の中でビルの明かりが星空のように輝いていて きれいだ。途中の道路横に半壊した四阿を発見。ここでテントを設営しよう。道路沿いだとはいえ、人里離れた山の中でドコモの電波が通じるのは さすがだと思った。

今日の野宿地は道路脇休憩所。山の中だ。もう寒い季節なのは昨日の夜で分かっているので、テントを展開。山の中は人気(ひとけ)が無くて快適だ。野性動物は怖い。乾パンを食べて間食とする。おやすみ。

コンビニおかず600、科学館入場料300、恐山入場料500、売店で煎餅150。合計1550円。


●コメント返信
>カナリアⅢ世様
>断腸の思い
>I'm very sorry!!!私は,I can not advance. 
>ワシの正体が解ったて?どうやって暴いたのかな?
>してワシの正体とは?
読みました。

青森県むつ市関根



9月6日(火)
夜中にまとまった雨が降った。朝もまとまった量の雨が降っている。降ったりやんだりよりは、こういう雨の方が 晴れが早くなるからいい。
テントの床は染み込んできた水で濡れている。濡れないためにエアマットは必須だ。そのエアマットはどこか穴が開いて空気が漏れるようになっている。まあクッションが内蔵されているので、空気がなくてもある程度の弾力は確保できている。
古くなって変色した豚肉を調理。米を炊いて朝飯とする。あと、バナナ5本食べる。ここはヤブ蚊が多い。残りの飲み水の量は2.5Lから1.5Lになった。

大間に到着。スーパーで主に菓子を買う。主人と会話。この先にある 湯ん湯ん という名の温泉は良いお湯とのこと。この先はむつ市まで、峠は一ヶ所あるがあとは通りやすい道とのこと。恐山は硫黄の臭いがきついらしい。恐山にある温泉は硫黄温泉だろうか。

今日は時間が経つのが早い。行動が単純で時間が早く感じる のではなく、体内クロックが遅くて 実時間の流れが早くなっている感じだ。
漁港で遅い昼飯。

この場で書いておく。一日500台の車が私の自転車を避けるためにハンドル操作をしているとすれば、100日で5万台の車が避けてくれたことになる。車にとって、自転車や原付を避けるのは、対向車と衝突する危険性に自らを晒すことになるので、それらの存在は正直いって邪魔である。でも自転車や原付を避けてくれる。自転車旅行にとって車は敵であるが、ドライバーの好意なくして自転車旅行は成り立たない。たまに轢かれそうな危ない場面もあるが、少なくとも今日まで五体満足で旅を続けられているのは、1台1台のドライバーのお陰である。ありがとう、と感謝です。

むつ科学技術館は入場料300円で、原子力船「むつ」で実際に使われていた原子炉や制御盤が展示されているそうだ。9時半開館、入場は16時まで。

今日の野宿地は道路脇休憩所である「関根駐車帯」。車イス用トイレ・水道・外灯・四阿あり。蚊は少ない。隣にコンビニあり。17時からここで休みながら、明日どうしようか考えていた。夜遅くであれば、駐車場の奥のちょっといた芝生地帯でテントを立てられそう。それまで四阿で休憩や夕飯。

テントを設営して寝る。夜中でも駐車帯の車の出入りが多くて落ち着かない。国道の車の通りも多い。
初めは服を全部着てテントのみで大丈夫かと思ったが、寒い。寒くて とても寝られる状態ではない。エアマットとシュラフを追加。もう冬が近づいていて、寒くなっているというのか。

スーパーで菓子600、コンビニでおかず700。合計1300円。

青森県佐井村



9月5日(月)
ひさびさに寝袋だけで寝た。防風壁付き四阿は最強。長い椅子は固定されておらず 動かす事ができて、椅子を並べて寝やすい椅子の形態にできた。
7時半起床。今まで雨は降っていたが、今はやんでいる。風は強い。米を炊いて朝飯を食べて、8時半出発。

道は平坦な場所が多い。雨が降ってきた。海が荒れている。
西側半島の急な坂の手前まで来た。
半島の最北端にある町の大間まで74kmとある。直線距離だと大したことはないのだが、道が曲がりくねっている分だけ距離が長いのね。急な坂で歩き続けることになるだろうし、今日中に到着するのはきつそうだ。
反射材タスキを着る、こういったドライバーからの視界が悪い日に頼りになる。

坂があり、ほとんどの区間を自転車を押して歩いている。標高が高いためか、霧は濃い。
暇なので自転車の右側に立って自転車を押している。いつもと逆側だ。
一定区間ごとに道路脇休憩スペースがあり、四阿とトイレがあるので寝る場所には困らなそうだ。車の通りはほぼ無い。
体は疲れるけど、頭の中はフリーなので、歩きながら色々考え続ける。
雨は降っていないが、寒いのでカッパは来たままだ。カッパのビニールはけっこう保温性能が高い。

17時になった。現在 道路脇休憩所にいるのだが、どうしようかなあ。坂ばかりで進まない。ここは台風並みに風が強い。雨はやんでいる。
調理しなくてよいものを食べて間食とする。米を洗い、水を飲み、残りの水の量は4Lから2.5Lになった。ちなみにここのトイレの水は雨水で 飲めないと書いてあった。
先にある がんかけキャンプ場は1000円とのこと。
ジュースを買いたいが、肝心の店や自動販売機が現在の付近に見当たらないので、今日は使用した金なしで終わりそうだ。

外灯の無い暗い夜道を、LEDライトの光を頼りに進む。雨は降ったりやんだりだ。
使用した金なしになるとか書くと買いたくなるもので、工事現場の仮事務所前の自販機で買った。通常より20円安かった。

今日の野宿地は無人神社。神社の屋根のついた玄関で寝袋のみで寝ようか、神社建物横の空き地にテントで寝ようか迷ったが、服が汗で濡れているのでテントで寝ることにした。
神社はだいたい朝一番でお参りに来る地元の人がいるので、テントを発見して不審に思うかも。

テントをフル展開する。ブルーシートは鋭い石からグランドシートを守る。雨はフライシートが通さない。フライシートをかけると、テントの中にシュラフ単体と同じくらいの保温性能が生まれる。エアマットは石のゴツゴツした突起を軽減すると共に、敷布団となる。シュラフは開いて1枚布とし、掛け布団にする。テントの中で乾かすために服を吊るす。裸で爽快。テントの中は臭いです。

ジュース100円。

青森県むつ市



9月4日(日)
テントを片付けて6時半。晴れている。ここは風が強く バーナーを使うのが困難なので、朝飯はあとにする。ネットでニュースなどを見て、8時出発。しばらく行った公園で自炊して朝食をゆっくり食べて、再出発。海からの風が強い。

下北半島に入る。快晴だ。まずは むつ市を目指す。道はアップダウンが激しい。洗濯板のようだ。周りに木があるおかげか、風はそれほど強くない。コンビニは道沿いに多くあり、食料には困らないだろう。
むつの近くに恐山霊場があるとのこと。青森県にあったのか。これはぜひ寄らなければ。霊成分を補給しよう。ついでに六ヶ所村もここにあるのね。
道路は車のタイヤ跡の外側に沿ってコンクリートが盛り上がっている。重量過多の車両が何回も通ったのだろうか。
むつ市に到着。一通りのチェーン店と家電などの大型店舗が揃っている都会だ。マクドナルドやケンタッキー、すき屋やカッパ寿司など、なんでもある。
スーパーで買い物。肉など全体的に安かった。この先はスーパーはあまり無いようなので、かなり買った。特に半島の西側は曲がりくねった道がひたすら続いていて、困難が待っていそうである。

ドコモショップで充電してもらう。WindowsケータイのF-07Cの展示品が、初期セットアップ済みで操作できる状態になっていた。ナイス ドコモむつ店! 操作したが、もっさりしていて動作が遅いね。あと画面が細かくて見にくい。だがWindowsを持ち歩けるのは、大きな魅力であることに代わりはない。

今後の予定としては、もう夜なので まず運動公園に行き野宿できるか調べる。密かに自炊には水が足りないので、どこかで補給する必要がある。そして明日以降、引き続き下北半島を時計回りで進む予定。
現在 雨は降っていないが、大気がうごめいていて、荒れる前のような風の強さで、これから大雨になるかもしれない。
恐山はその付近の山の総称で、恐山と言う名前の山はないんだね。恐山は半島を回って むつ市に帰ってきて、余裕があれば行こうと思う。

今日の野宿地は「むつ市総合運動公園」。水道・トイレ・防風壁付き四阿・ジュース自動販売機あり、明かりなし。蚊はいない。風が強くて寒いので、風が防げるのは助かる。横雨も防げるだろう。
野球場は芝生からセシウムが検出されたようで、使用停止になっていた。こんな離れたところまで原発事故の被害が及んでいるようだ。
で、天気予報を見ると今日一杯は曇りで、明日から雨になっている。雨の日を覚悟していたのだが、ここ最近 雨が続く日の始まりが延びるなあ。

コンビニ菓子パン550、アイス100、スーパー1750。合計2400円。

青森県平内町



9月3日(土)
テントを片付けて7時半。直射日光で晴れている。服は問題ない程度まで乾いている。まだ大量に残っているジャガイモを朝食とする。この調理方法なら、サツマイモが美味しそうだ。8時半出発。

公園でおじさんから旅の励ましをもらう。定年するまでは自転車で旅をしようと思っていたが、いざ定年するともう体が動かないそうだ。同じような事を言う人は多い。社会人にも 失業以外でまとまった夏休みが取れればいいのにね。

再び7号線を通る。歩道が広く安心して通れる。二度目は地形が分かっているので、楽だ。
青森に到着。直射日光で暑い。本当に台風は来るのだろうか。これから7→4→9→4→279→338号線と行く。海寄りの主要道路を行くことになる。

ショッピングセンターに寄る。ドコモショップで充電しつつ、スーパーで買い物。無洗米はどうも手に入らないので、普通の米2kgを買った。米が手に入ると どこでも野宿できるようになるので、安心できる。本屋で 浦島太郎 状態にならないように知識成分を補給。

県道9号線を進み、これから平内町の半島をまわる。
まだ3時かあ。空が暗いこともあり、もう気分は夕方だ。気のせいか疲れも夕方の状態で、疲れている。
この先の半島の先端付近にある「椿山キャンプ場」は無料のようだ。その先にキャンプ場は見つからない。
台風12号は日本海に出るようだ。青森では今日のこれからと明日の夕方までの降水確率は低くなっている。

雨は降ったりやんだりだ。大島パーク駐車帯に到着。車イス用付きトイレ・水場・明かり・四阿あり。米を洗う。パンやチキンやマカロニサラダなど、火を使わずにすむものを食べて夕飯とした。最近熊が出没したそうで、注意してくださいとの看板があった。
先に進む。どうやら駐車帯から1kmほど離れた椿山キャンプ場は50mほどの区間の旧道の場所で、トイレ以外なにもない場所らしい。標識がなく、そこがキャンプ場なのか分からない。駐車帯に戻ってきた。

駐車帯に戻ってきたとき、バーベキューで使ったと思われる木炭が芝生に捨てられていた。しかもまだ火がついている。非常識だ。水で消しておいた。さらに、トイレにはごみ袋2袋が置かれていた。非常識だ。

ソーラーパネルはハンダ付けしたとしても、どう見てもすぐにとれてしまうんだよなあ。ハンダ付けする地がビニールシートの5mmの範囲だし。2mmの厚さの太いコードでは、折り曲げられないし、風に耐えられない。元々 極細の銅線が使われていたわけが分かった。あれなら折り曲げても、細い分だけ きつい角度の折り曲げにならない。再び使えるようにする方法としては、電気の通るクリップで二ヶ所を挟んで繋げるだけがいい気がしてきた。

蚊が多いのと、「テントを張らないで下さい」と書いてある駐車場よりは キャンプ場の方が居心地がいいので、再び移動。今日の野宿場所は海沿いの「椿山キャンプ場」。風があり、波が高い。1mほどの堤防を波のしぶきが乗り越えてくる。まあこっちに台風が来るのは4日の夜から5日の夜なので 大丈夫だと思う。

コンビニで菓子と調理済みおかず1100、すき屋400、スーパーで米など1500、ジュース150。合計3150円。


●コメント返信
>関東ボーイ様
>なかなかいい歌
いい歌です。卒業して、様々な職種について、様々な土地に別れていった。結婚している人もいれば、私はニートだったりする。どんなに未来を歩もうと 過去に一緒にいた時間は変わらないよ、と。この曲を聞くと色々考えることがあります。
仰る通り、エロゲーのエンディングの曲です。

>カナリアⅢ世様
>おい・・・おめえ、ココおかしいんじゃねえか?
私の頭がおかしいのは否定しません。
貴方にお伝えすることがあります。私は貴方の正体を知る事ができました。ブログで悪口を書いて、別の場所で仲良くされても困ります。仲良くするのか、嫌い合うのか、どちらかにして下さい。
ニートを続けると、周りや自己による自己否定の連続になり、一日中 人生成功者への妬みをするようになり 頭が狂うので、その点は配慮します。
現実逃避ならオンラインゲームのTERAでもプレイしてください、面白そうですから。ニート脱出なら、シルバー雇用に混じって草取りでも始めてはいかがでしょうか。まあ、今後も悪口を書きたいならご自由に。

青森県五所川原市






9月2日(金)
電波の弱い場所でケータイをバッグの中に入れておくと、圏外になって 電池が無くなるのが早い。
朝、雨が降っている。その後は雨は降ったりやんだりだ。
出発。坂は9%の急な下り坂で、雨が小降りなこともあり、一部はブレーキが効かなくなるかもしれないので 押して歩いた。

調子にのってコンビニスルーして、食べるものにピンチだ。道の駅のレストランは定食が千円ほどか、外食はこんなものだよね。道の駅で昼飯。中泊町は飛び地になっていて二ヶ所あるのね。ここは山道でなおかつ補給地がなさそう、今日中に101号線まで行きたい。

十三湖を越えたら、道は大陸の中だが平地だった。田んぼが広がり、民家もスーパーもあった。スーパーで買い物、規格外の大きさの小さなリンゴが6個で100円だった。その他、小さなニンジンが大量で100円だった。今年は猛暑や被曝の影響で米が不作のようだね。スーパーによっては一人一袋まで などと表示がある。

なかなか雨が本降りにならないので、覚悟をして五所川原市の公園の車イストイレで体と服洗い。今後は台風が来るらしいので、ずっと乾くことはないだろう。
この公園にはジェット機であるT-2型機が展示されていた。よくこんだけ大きくて胴体が太いものが空を飛べるなあ。

狼野長根公園に到着。山の斜面にひたすら芝生がある、どこでもテントを張れそうな公園だ。トイレ水道あり、明かり無し。公園の奥の四阿で調理する。(看板だと あずまや って四阿って書いてあるんだね。)
ずっと持っているジャガイモを調理しよう。細かく切る。ジャガイモが飯盒の半分まで埋まった。ひたすら煮る。アク抜きしてないので苦味はあるが、十分に美味くなった。米は持っていないので、今晩はジャガイモが主食だ。
周辺にテントを張って寝場所にする予定。

ジュース250、道の駅ラーメン500、道の駅菓子250、スーパー1050。合計2050円。


●コメント返信
>サトシとピカチュウ様
>お久しぶりです
こんにちは。
自分 観光をほとんどしていないので、ただ道路を進んでいるだけです。
被災地域に行きたいのだけれど、まだまだそこにたどり着くまでが遠いです。まずは たどり着くことを目標です。
ソーラーパネル購入おめでとうございます。エコ生活へようこそ。自分としては もう「どこでも滞在」のための必須ツールです。

>秋田の旅人様
>これからの予定
無事 本州に帰ってきました。ブログを見てくれているそうで、ありがとうございます。自転車故障の件は、故障時の対応に慣れたのが良かったです。
今後の予定としては、まずは青森市に戻ります。引き続き時計回りで日本をまわるので、下北半島をまわって、南下して被災地入りする予定です。道は海岸よりの国道を通ります。福島原発の迂回ルートは未定です。

写真集だよ2






1枚目。青函トンネル青森県側入り口。
2枚目。階段国道339号線。
3枚目。階段国道の写真の角を曲がった風景。
4枚目。風力発電、風車の取り付け方法。(・・・よくクレーンが風車の重さや横風に耐えられると思う。)
5枚目。広島県呉市にある展示された潜水艦。
検索フォーム
自転車旅行メニュー
名前:夢見草
性別:男
年齢:27歳
住んでいる所:静岡県焼津市
自転車:GREAT JOURNEY 2

このブログの記事一覧
↑過去の記事はここからどうぞ

自転車写真と持ち物リスト

旅の動機
今しかできない事、自分の生まれ育った日本という土地を、自分が生きているうちに見てこよう。

◆旅の軌跡

より大きな地図で ルートをマップ上に表示 を表示
月別アーカイブ
最新コメント
冒険者リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。