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福島県福島市



9月16日(金)
暑さで目が覚めた。直射日光でテントが暖められ、熱気が籠っている。テントの支柱が折れていた。3cmほど短くなっただけで、まだ使える。パンや菓子など、持っているものを食べて朝食とする。快晴。

心が 豆腐メンタル な僕は、鬱か何かで、体が動かなくなっている。道の駅の裏の、誰も来ない場所で座り込む。11時、余裕が出てきたので、こうして日記を書いている。
感情と行動を分離しよう。体を動かしながらでも 落ち込める。さらに思考も他のことで埋めてしまおう。巨大な無理数を 誤差なく有理数の分数で表す形に変換する手法の妄想をしよう。
さあ行こう。私は私が大好きだ。全力で他人という存在を嫌いつつ、自身が嫌われると言って嘆いている自分が大好きだ。絶望や自虐の時間など至福だ。誰にも相手にされず惨めに死んでいくであろう自分が大好きだ。他の思考回路など なりたくない。私は私の生き方しかできない。それほど頑固な信念ならば、誇りを持って 生きるべきだ。さあ進め。

115号線を進む。広くない山道だ。トラックなど大型車両が多く通るので怖い。昼飯は食べる気が起きなかった。タイヤの空気入れの変換コネクターをなくした。空気入れを自転車に固定するゴムが切れた。

死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。
どこからか声が聞こえる。「じゃあ死ねよ。死ねないなら、まわりに迷惑だから言うな。」
もう どうしていいのか分からない。

死にたいという言葉には3種類の意味がある。
一つは、寂しがり屋の かまってちゃん。他人の良心を利用して振り向かせる。
一つは、死にたいと口にすることで 相手に譲歩させて問題を解決しようと試みる、甘えんぼちゃん。
もう一つは、本当は死にたいとは思っていないが、死ぬ以外に目の前の困難を解決する方法が見つからない時。人脈・話術・法律・体力・ストレス解消的に問題解決の「引き出し(手法)」が少ない場合、または 神経がすり減っていて 視野が狭くなっている場合(本当は周りにいくらでも解決方法があるのに、もしくは 気にしないだけで良いのに)、この思考に陥りやすい。

伊達市(だてし)に到着。少し元気になった。スーパーで買い物。水道水の放射能値の関係だろう、スーパーのミネラルウォーター汲み場は人気だった。福島産の梨が6個で298円で安かった、1個50円だ。まあ、少なからず放射性物質が付着か、内部に取り込まれているのは確かだろう。

18時半。今日の野宿地はバス停。屋根がある。登坂車線の途中にあり、住宅から少し離れているので利用しやすい。

ジュース500、スーパー2100(ピザや弁当を含む)。合計2600円。

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名前:夢見草
性別:男
年齢:27歳
住んでいる所:静岡県焼津市
自転車:GREAT JOURNEY 2

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