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千葉県茂原市



9月20日(火)
テントは快適だ。やや背中が痛む。サッカードームから夜中に拍手喝采が聞こえてきたのは、なんだったのだろうか。天気予報を調べると、今日は不安定な雨で、明日に大雨らしい、台風だろうか。ワンタッチテントいいなあ、私がテントを袋から出しているときに すでに組上がっていたのは、衝撃的だった。ゆっくり朝飯を食べて、10時半出発。曇り空。

霧状の小雨。
で、今日も腹を壊す。寒さが体温を奪う。もう夏の服装じゃダメだな。

これはひどい。地面がコンクリートごとデコボコになっていたり、電柱や信号機の柱が斜めになっている場所がある。ここら辺の地盤は軟弱なのだろうか。直すには、相当な箇所を作り直す必要があるだろう。

公園で昼飯。バッグをバーナーの風避けに置いたが、冷たくて強い風が熱を奪っていくために、ガスを1缶の半分消費した。通常の5倍である。13時出発。

田んぼの中を通る126号線を進む。旭市に到着。雨が降ってきたのでマックで休憩。コンセントを期待したが、無い店が普通か。ここから店が多くなる。17時。スポーツ公園が近くにあったが、もう少し進むよ。

雨は本降り。一階だけ営業のデパートのダイソーで夜の走行に備えて単1電池を買う。電池を捨てるのは面倒だが、これなら50時間もつ。2Lの水が100円で売っていた。

20時半。車の量は減る気配がなく、相変わらず多く通っている。都会に近づくと寝る場所に困るね。すき屋で夕飯。20km先に大きな公園を見つけた、そこまで行くかあ。

128号線に移動。
その公園の5km手前の公園を野宿地とした。屋外ステージにテントを張る。外灯あり。テントであっても屋根があるのは助かる。設営が終わって、あとは寝るだけの状態になったのが 23時半、疲れた。豪雨になった、屋根を叩きつける雨の音がすさまじい。

コンビニ500、コンビニ250、マクドナルド350、ダイソーで電池200、水100、すき屋1150。合計2550円。

茨城県鹿嶋市



9月19日(月)
メモ。玉ねぎは包丁を使わずに手で千切れる。
水が長距離無補給の障害になっている。満載時に食料は2日分もつが、水は1日分しかもたない。というわけで、右前バッグの上に荷物を載せる空きがあるので、2Lペットボトルを一つ追加して、6L携行できるようにしてみる、中身は空だけど。
腰が少し痛む。体を曲げてばかりなので背中が曲がってきたような。劣化したタオルを捨てました。曇り空、9時半出発。

強烈な追い風と、茨城県のベリーイージーな平坦な道で、距離を稼ぐ。ドコモショップを見つけたのでケータイの充電と、近辺で昼飯。
ゴムが延びててずれてくるパンツと、破れたパンツの2枚を捨てました。あとカッパの下も捨てました。

午後は坂が多い。東京に近くなっていくので空気が悪くなっていくと思ったが、ここら辺の空気は冷たくて美味しい。車の通りは多い。

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全国どこにでもある店。たぶん。

服。しまむら。
スーパー。都会、マックスバリュー。田舎、A-COOP。
CDショップ。ゲオ。
家電。K'sデンキ。コジマ。
本屋。宮脇書店。
コンビニ。ローソン。
外食。マクドナルド。すき家。吉野家。
ホームセンター。コメリ。
ガソリンスタンド。ENEOS。
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海よりの245号線に移動。歩道工事のために片側通行になっていて、車が数キロ渋滞していた。

今後の目標としては、人の意見を否定しないことかな。どんな形であれ、結果的に嫌な気持ちを倍返しされる。自分の事は自分でやる、他人の事は他人がやる。

スーパーで幼女の股間に目が行って、ロリコンか俺は。子供を産めない年齢に興味を持つことが生物的に何の意味があるのか、いや無い。このままじゃ性犯罪者 行きだ。私の人生において、1m以内に接近する事 以上の女性関係など訪れない事を思うと、死にたくなる。手を繋ぐどころか、まともに話した事が無いじゃないか。
どこからか「話しかけることもせずに、待っているだけでできるわけがないじゃないか。」や「君には無理だよ」などと聞こえてくる。
というわけで、絶望の感情をエネルギーに変えて、自転車漕ぎを頑張ろう。いつだって、そうすればいい。犯罪者やストーカー、復讐、妬み、がそうだが、負のエネルギーは力強い。

道は平坦。車は多い。今日走ったところは都会で、店が多い。これから51号線に移動する。現在18時で暗い。夏は19時半で明るかったなあ、もうこんな日が落ちるのが早い季節かあ。水だと分かる程度に小雨。風が強い。
歩道がない場所や、歩道が細くて側溝ごと上下する場所があったが、多くの場所で歩道が車道の1~2本分ぐらいの広さで、広くて走りやすい。
追い風の支援が続く。トップギアはこんなに軽かっただろうか。サイクリングが楽しい。ベルトがいらない事に今さら気づいた、旅をしているうちにウエストが太くなったらしい。ホイールに、萌え絵をプリントした円盤状の板をはめて、痛チャリ化してしまおうかな。雨が降ってきた。

22時。今日の野宿地はスポーツ公園。地域住民の目が光っている普通の公園よりは、自転車旅行に対する理解があったらいいなあ、なんて思っている。明かりあり、芝生なのでバーナーは使えない。テントを張る。蚊や飛ぶ虫がいないのは 殺虫剤を撒いているからだろうか。暴走族の爆音が聞こえる、マフラーを取り付けて走ってほしいものだ。
明日以降124号線を走り、半島を南下する予定。

スーパー850、しまむらでパンツ×2枚400、スーパー850、ジュース150。合計2250円。

福島県いわき市



9月18日(日)
テントのみで寝たら、夜は寒かった。朝、思ったより酸っぱくなっていなかったので、残りの米を食べてしまう。1日水を入れておいて、炊いてから1日と1食分経過している米である。捨てる羽目にならなくて良かった。
道の駅の何人かから旅の応援をもらう。鹿児島から自転車で来て富士山に自転車を担いで上った高校生がいたらしい。自転車に乗って降ったらしい。ダウンヒル、よくあんな急な坂を自転車で下る気になるなあ。

ミネラルウォーターを買っているので、使うお金は通常より高くなっている。
枝が前ホイールに挟まって、タイヤに円周状に溝の傷ができた。破裂の要素を作ってしまうとは。
バス停の小屋で身長よりも低い位置にある横柱に頭をぶつけて痛い。
急に腹を壊して脱糞の危機をコンビニで乗り越えた。曇りになった寒さが原因か、朝の米が原因か。

長い下り坂を通り、いわき市へ。49号線の終盤や6号線バイパスの歩道は蜘蛛の巣や雑草が生い茂っていて通行が大変だった。あまり利用されていないのだろうか。市によって歩道の状態の差は大きい。まあ、地震の影響であちこちの地面に起伏が発生していて、それを治すのに大変で歩道まで面倒を見ている余裕はないのかもしれない。

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「君の こういう行動、こういう考えがダメだから、こうしたほうがいいよ」と言われる。私はダメな点が多いから、多く言われる。1人から言われた内容は、すでに百人から言われている。指摘されたことの多くは、治さなければ、生きていく上で、仕事で、人間関係で、マイナス要素をもたらす。善意だとしても、多くの人から人格否定され続けるのは辛い。
ただし極一部については、言った側が間違っている。そっちはそっちで対応が辛い。
仕事仲間がこんな事を言った。「言われたことを治すか、そうでなければ言われ続けることに耐えるしかない。」
別の人はこんな事を言った。「言われるだけ ありがたいよ。言われなくなったら終わりだよ。」
だから生きるという事は難しい。
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夕方に犬をつれたおじさんに旅の応援をもらう。親切丁寧に応援してくれて、嬉しくなった。酸っぱい米や野宿地の話の他に、旅の目的を聞かれて、「外引き籠り」や、旅をする前にしていた事などを話させてもらった。

今日の野宿地は公園。純粋な公園は久しぶりだ。明かりなし、トイレ水道あり。原発の影響で外で遊ばなくなったのだろうか、雑草が生い茂っている。トイレで人気を気にしながら裸になり、服と体を洗った。服は濡れていても、裸で寝るので問題なし。
無くしたと思っていた爪切りを発見、工具箱→箸やハサミなどの使用頻度が高い物ポケット→歯ブラシや日焼け止めクリームなどの生活用品ポケット、の順で移し変えたのだった、安易に移動すると忘れてしまうな。

ジュース・水・アイス600、コンビニおかず500、合計1100。

福島県平田村



9月17日(土)
昨日の夜。蚊は初めはいなかったが、人の臭いを嗅ぎ付けたのか次第に増えていった。意外と冷えるので、シュラフに入って、バス停のベンチで横になって寝た。寝ているときは麻痺しているのか、痒くないし 蚊の気配もしなかった。
朝。5時に起床。もう刈払機の音が聞こえる、早い。6時出発。曇り空。朝飯は別の場所で。

福島市街地に入ってから、道脇のベンチで朝飯、スーパーの弁当。前輪のパンク修理。スリッパを捨てる。ニッパーが爪切りの代用になった。使用済みブレーキゴムを ゴミ箱に捨てるために、ゴムと金属に分解していた。後ろホイール左側のブレーキと当たる円状の部分、すり減りすぎてヒビが入ってないか?

草津温泉って、どちらかと言えば日本海寄りにあるのかあ。石川県とか行っているときに寄ればよかったなあ。ここから向かうよりは まだ東京や静岡から行った方がいいので、できるだけ海岸寄りを通りたいこの旅で行くのは諦めた。

ジャイント社の自転車が開店前の自転車屋に飾ってあった。長距離サイクリング用のクロスバイクで、特徴的な点は、スポーツバイクであるにも関わらず前ホイールの中心にライト点灯用のハブダイナモがついていた点だ。かなり大きかった。電池が要らなくなるし、暗い場所で勝手に点灯してくれて便利なので、興味がある。
ジャイアントで そういう完成品自転車を売っているのかと思って調べたが、見つからない。カスタム品だろうか。シマノがそういったパーツを出しているようだ。
( http://www.s-rinten.com/category/parts/1161590766.html )

午後は4号線の広い道を漕いだり押して歩いたり。小雨が降ったときは避難した、さすがに降り始めの雨は大気中のチリを取り入れながら落ちてくるので、濃度が高いと思ったからだ。すぐにやんだ。夕方から49号線に移動、この道で内陸から海沿いに戻る。

スーパーで普通の4倍はあるチキンが150円だった。しまった、おかずがあるのにスーパーでたくさん買ってしまった。
夕飯、ご飯がすっぱい。一日水につけて、さらに炊いてから一日たったご飯だ。たぶん水が腐ったのだろう。
寝る場所を確保できずとりあえず進む。暗いが、ライトがあるので進める。15km先に道の駅があるようだ。そこまで行こうかな。

道の駅「ひらた」に到着。建物の裏で寝られそうだ、良かった。
ここまで来る途中で、赤いライトを何個も点滅させて走るロードバイクに乗った夜間サイクリストが3人も通りすぎたが、仲間集団だったのな。自転車ごと休憩室に入ってしまうのか。前もって畳の休憩場所があることを調べていたのだろう。

コンビニ250、アイス・ジュース・水550、スーパー1850。合計2650円。

福島県福島市



9月16日(金)
暑さで目が覚めた。直射日光でテントが暖められ、熱気が籠っている。テントの支柱が折れていた。3cmほど短くなっただけで、まだ使える。パンや菓子など、持っているものを食べて朝食とする。快晴。

心が 豆腐メンタル な僕は、鬱か何かで、体が動かなくなっている。道の駅の裏の、誰も来ない場所で座り込む。11時、余裕が出てきたので、こうして日記を書いている。
感情と行動を分離しよう。体を動かしながらでも 落ち込める。さらに思考も他のことで埋めてしまおう。巨大な無理数を 誤差なく有理数の分数で表す形に変換する手法の妄想をしよう。
さあ行こう。私は私が大好きだ。全力で他人という存在を嫌いつつ、自身が嫌われると言って嘆いている自分が大好きだ。絶望や自虐の時間など至福だ。誰にも相手にされず惨めに死んでいくであろう自分が大好きだ。他の思考回路など なりたくない。私は私の生き方しかできない。それほど頑固な信念ならば、誇りを持って 生きるべきだ。さあ進め。

115号線を進む。広くない山道だ。トラックなど大型車両が多く通るので怖い。昼飯は食べる気が起きなかった。タイヤの空気入れの変換コネクターをなくした。空気入れを自転車に固定するゴムが切れた。

死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。
どこからか声が聞こえる。「じゃあ死ねよ。死ねないなら、まわりに迷惑だから言うな。」
もう どうしていいのか分からない。

死にたいという言葉には3種類の意味がある。
一つは、寂しがり屋の かまってちゃん。他人の良心を利用して振り向かせる。
一つは、死にたいと口にすることで 相手に譲歩させて問題を解決しようと試みる、甘えんぼちゃん。
もう一つは、本当は死にたいとは思っていないが、死ぬ以外に目の前の困難を解決する方法が見つからない時。人脈・話術・法律・体力・ストレス解消的に問題解決の「引き出し(手法)」が少ない場合、または 神経がすり減っていて 視野が狭くなっている場合(本当は周りにいくらでも解決方法があるのに、もしくは 気にしないだけで良いのに)、この思考に陥りやすい。

伊達市(だてし)に到着。少し元気になった。スーパーで買い物。水道水の放射能値の関係だろう、スーパーのミネラルウォーター汲み場は人気だった。福島産の梨が6個で298円で安かった、1個50円だ。まあ、少なからず放射性物質が付着か、内部に取り込まれているのは確かだろう。

18時半。今日の野宿地はバス停。屋根がある。登坂車線の途中にあり、住宅から少し離れているので利用しやすい。

ジュース500、スーパー2100(ピザや弁当を含む)。合計2600円。

福島県相馬市




9月15日(木)
6時半、朝遅く起きる。夜は霧のような子雨が降ったのでテントにフライシートをかけて寝たが、北海道と違って ここら辺はまだ暖かく、シュラフなしで寝られた。ここは下が草むらで自炊ができないので、移動。この公園には仮設住宅が32戸あった。別の公園で朝飯を食べ、8時半再出発。

名取に自転車屋あさひを発見。もうここまで出店が北上しているのかあ。4号線は店が多くたっている。同じ市に壊滅した場所など無いかのようだ。6号線に移動。6号線バイパスは歩道があり通りやすい。道の駅「そうま」に到着。ここら辺の人はみんなタバコ吸うなあ。歩きタバコに、コンビニ前や道の駅でのタバコ。結構タバコ臭い。

南相馬市に到着。けっこう車の通りが多い。原発事故による通行止めの周辺は、大型チェーン店であっても閉店している店が多かった。店の一つには、従業員が足りず開店するに至っておらずご迷惑をおかけします と書かれていた。6号線の検問所に到着。(2枚目の写真)。ここから先は通れない。若い警官がやっていた。他の人の話に便乗して警官に聞いてみると、範囲内に入っていく車は、政府から委託を受けた電気工事などの業者や、政府関係者らしい。

道の駅「南相馬」に到着。近くにテントを張っている、徒歩のリアカーで日本一周旅行者に話を聞くことができた。途中から、原発やタクシーで働いていて今は避難所にいる現地の人が加わり、様々な話を気けた。特に原発関連や、この地域の放射能濃度と政府のデタラメな安全宣言の話が重要だった。
内容はカットする。あとで書くこともあるかもしれない 。
死にたいと思いながら、夜中の6号線を北上し、道の駅「相馬」の芝生にテントを張って寝た。夜中の1時半だった。

ジュース300、コンビニ菓子アイスジュース450、コンビニ500。合計1250円。


●コメント返信
>yoshi様
>福島県 南相馬市 原町区 道の駅(南相馬)
分かりやすく書いてくれて ありがとうございます。境界線ギリギリの都市ですね。南相馬市は迂回路より25km南下することになりますが、今のところは原発半径30kmの境界線を見るつもりでいます。

宮城県仙台市



9月14日(水)
朝にグランドゴルフ大会が始まったので、急いでテントを片付けた。何人かに旅の激励をいただいた。東京湾フェリーを利用すると便利とのこと。この先の45号線は通れずに迂回する場所があるとのこと。自転車旅行者のチャリを見かけた。気分がすぐれない、体調は通常以下、風邪にでもなりかけているのだろうか。10時出発。雨が降りそうな天気だ。

石巻市に行く45号線が通れなくなっていた。迂回路は自動車専用道路なのか。257→21→196号線で行ってみようか。即座に道に迷い とりあえず進んでいると、看板による案内があり、61→30号線で 45号線に復帰できた。

道の駅で、石巻市に住むおじさんと会話。私の理解力が低いので、どこまで正しく聞き取れているかや、文章にできているかは分からない。
床上30cm浸水。津波で車2台とバイクがダメになった。主にドブ水などで、泥被害はあまりなかった。地震による被害は、瓦などは落ちたが、ほとんどなかった。自衛隊や全国から来てくれたボランティアの人が色々してくれて、家の土も片付けてくれて本当に助かった。
石巻市は死者と行方不明者を合わせて4千人を越しており、石巻市周辺の被害は災害全体の3割を占めている。多くが海に流され、過半数の遺体が沖合いで発見された。被災直後に橋の上から海に浮かぶ遺体が多く見えた。なので石巻市の映像は画面のどこかに遺体が写っているので流せないそうだ。火葬場が被災して、しばらくは土葬をしていた。復旧してからは火葬に切り替え、土葬の土を掘り起こして火葬している。災害直後に、死体の指を切断して指輪泥棒があったなどという話は一切聞いていない。最近は町中に幽霊が出るだとか、遺体を安置していた体育館の前を通ると肩がこるだとか聞く。
福島は 誰もいなくなってから、ATMの強盗が結構あったそうだ。電気が通っていないから警報装置も作動しない。
北海道の悲惨な民宿の話。今は若者のバイク離れが進んでおり、北海道を走るライダーも減っている。冬にスパイクタイヤを装着して宗谷岬でテントを張って元旦を迎えるライダーがいるとか。
静岡にある まるこじゅく という店のトロマグロ丼が美味しいらしい。
焼津は言葉が荒かった。二言目には「馬鹿野郎」と言い、親戚の女の子も馬鹿野郎と言っていた。(私の親父もそうだ。あれは地域の性質だったのか。)
昼飯をご馳走してくれるとのことだが、そんな身分ではないし、最近は対人恐怖症が悪化していて いっぱいいっぱいだったので、断らせてもらった。

石巻市(いしのまきし)に到着。雨が霧状に少し降っている。海から離れている部分は普段通りである。本屋で東日本大震災の写真集を見る。石巻市や女川町は特に被害が大きくて、災害直後はそこらじゅう瓦礫だらけだったようだ。マックで昼食、コンセントがあって助かります。ここまで来ると、コンビニはもちろん、道の駅やスーパーにもゴミ箱があり、ゴミ捨てに困らない。

松島を通る。名前の通り、小島が多く海にある土地で、日本三景の一つのようだ。小島が波を吸収して被害が少なかったのだろう。
浜田トンネルの横に気になるスペースがあり、行ってみたら旧トンネルがあった。入り口は土で塞がれているが、上の部分は開いており中の様子が見れそうだ。何か出そうな気配で 雰囲気が怖くて行けない。廃隧道探索の人は、よくこういった所を行けるなあ。
鉄道が走っている! すでに復旧したようだ。

仙台市に到着。夜になり暗い。45号線沿いの店は、多くがすでに店を建て直して営業していた。一部の店は壊れたまま閉店している。海から4km以上離れているのか。

困った、どこで寝よう。近くの公園に行ったら仮設住宅が建っていた。建っているとはいえ、遊具や四阿の場所は建っていないので、公園の隅にテントを張るか、別の場所にしようか。蚊が多い。20時、仮設住宅から離れた公園の隅の、木の塀の隙間のような場所にテントを建てた。

さてここからは、どんなルートで行こうか。
6号線の海岸沿いを通り、福島第2原発を避けるために長い山道となるだろう113号線辺りを通って4号線に行くルート。6号線は どこまで復旧できているだろうか。仙台から4号線を通り 始めから内陸を行くルートもいい。
( http://www.mlit.go.jp/common/000141260.pdf )
によると、6号線は すでに通れるようだ。仙台→6→相馬市→115→4→49→6号線→いわく市 が、原発30km以内を避けつつ もっとも海岸よりを通る国道ルートになるだろうか。

マクドナルド750、スーパー2450(米含)、ホームセンターでカセットガス300。合計3500円。

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自転車装備品のアイディア。
ポータブルプロジェクターで地面に投影する。投影する画面は、アンドロイドケータイや、タブレット型パソコンの出力画面。光が弱いので曇りの日や夜しか使えないかも。地面という大画面を使えるロマンはある。今度、防水アンドロイドケータイが出る。ケータイだからパソコンに比べて起動時間が長いだろうし、自転車ハンドルバッグの上に搭載する機器としては、ぴったりだ。

自転車にポータブルプロジェクターを取り付けて、夜間に走りながら地面に投影してかっこいいの案に進展。
ドコモのプロジェクターケータイ SH-06C なら、ハンドルに下向きに取り付けるだけで実現できる。外部バッテリーやパソコンやアンドロイドケータイを用意する必要がない。どうせすることは地図の投影やYoutubeの動画再生だし。あのケータイはハンディライトを投影する程度の中途半端なプロジェクター性能なのが問題だと思う。専用機に比べて、解像度が低いし、画像がボヤける。大衆向けではなく 人気がなさそうだから、安く機種変更できるかも。機種変更後も、プロジェクターケータイは遊び用にして、元のケータイをメインにしてSIMカードを差し替えて使えばいい。調べてみると、防水ではない。7万円でめっちゃ高い。裏返すと投影終了の機能が誤作動しないか気になる。投影向きを変えられるだろうか。
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宮城県津山町





9月12日(火)
コイン精米所の横で、蚊除けの為のテントとシュラフのみで寝た。夜中に雨は降っていない。朝起きると、飯盒に米と水を入れて撤収。朝は車で自分の家のあった場所にいく人を何人か見かけた。
ケータイの電池残量が厳しい。電池を買って充電すればいいか。平地の公園が消滅しているので、飲料水確保が難しい。コンビニで水を買えばいいか。

昨日通れないと思っていた場所だが、横に歩行者通行用の砂利道があった。
1km進んだところに道の駅「大谷海岸」があった。建物は半壊しており、横で仮設の建物を建てて営業しているようだ。朝飯を食べる。この道の駅は鉄道駅が同じ建物内にあり、日本一海岸に近い駅とのことで、歩道橋に上がって海岸を見てみた。美しい砂浜だ。元の状態は分からないが、砂が流されて少なくなっている かもしれない。9時半再出発。疲れている。曇り空。

応急で作られた橋を通る。鉄板に滑り止めの薄い砂が貼り付けられた路面に、鉄骨を何本も直接地面に打ち付けて作られた橋脚だ。こういったのは自衛隊が作ったのだろうか? 道がなければ救援物資は効率的に届けられないわけで、重要だ。道ができるまでの間は、空輸や海輸で被災地まで食料などを届けていたのだろう。

南三陸町の伊里前湾の部分に到着。こういった平地が広がる場所は壊滅傾向にある。きれいさっぱり、何もなくなっていた。もちろん瓦礫を撤去したから そうなっているのだろう。山の方に瓦礫が山積みになっていた。ここでは橋の修復が終わっておらず、現在修復作業中で、45号線は 迂回路になっていた。
相変わらず鉄道の橋がなくなっている。平地に線路を敷くだけなら楽だが、ここの土地は道が険しいので、トンネルや橋を非常に多く使っている。鉄道が再開する日は何年後なのだろうか。
ユンボやダンプが作業しているのはどこも同じだが、ここでは蛍光カラーの服を着たボランティアと思われる人たち20人ぐらいが、スコップ片手に手動で瓦礫や土の撤去を行っているようだった。
後ろめたさ全開で その場をあとにする。
バスが何台か置いてある前を通るときに、おじさんからアイスをいただいた。仲間がいると思って買ってきたけど、誰も居なくて このままだと溶けてしまうから食べて、とのこと。ありがたく頂戴いたします。
さらに後ろめたくなった。道路を走っていると、ボランティアの皆さんありがとう、などと書かれた横断幕を見かける。何もしていない自分はなんなのだろう。ただ、仮設住宅への入居が進んでおり、土木屋が重機で道や土地を修復しており、次は大工が家を建築するだろう。技術を持たない自分にできることは なんなのか分からない。

別の平地に到着。まるで空爆された後のような廃墟だ。大まかな瓦礫の撤去は終わっているが、細かい撤去はまだまだで、壊れた電柱が横倒しになっていたりする。水溜まりになっている地帯もあり、とても家を建て始められる状態ではない。5か月たって やっと この状態だ。重機が何台あっても足りない。
もしかしたら、多くの家庭で家を新しく建てる金がないので 家を建てずに そのままなのではないだろうか。
分からないことがある。復興作業をする土木屋の人たちはボランティアだろうか?公共工事で、地方自治体が指示して工事を行っているのだろうか?
被災直後の様子の写真はどうなっているのか? 家は土台だけになっているが、どこまでが人の手で瓦礫を撤去したのだろうか?
どこまでが国が面倒を見て、どこからが個人の負担なのか分からないが、いくら金があっても足りないな。消費税を15%に上げるしかないな。

よそ見をしているうちに、カモメに手に持っていたパンを食われた。左の鳥が何回も鳴くので そっちを見ていたら、右の鳥が後ろから飛んできて食った。ひどい連携プレイだ。

道の駅「津山」に到着。横に公園があり、どこでも野宿できそう。飲料水を補給し、水と米を飯盒に入れる。16時。もう夕方だ。日の入りが早くなっている。曇り空だから夕方のように見えるだけか。

いつの間にか爪切りを紛失していた。今までに無くした物は、他にソーラーパネルの固定用金具がある。こちらはたぶん誤ってごみ袋に入れてしまったと思う。

おじいさんと会話。又聞きだし 私の理解力が低いので どこまで正しいか分からない。
支援物資は体育館などの避難所や仮設住宅にしかいかない。彼らには有り余るほど配られる。仮設住宅には入れない人が多くいる。避難所に行きたくない人がいる。救援物資もある程度届くと余ってくる。おにぎりが余っていて、その余ったおにぎりをどうするのか聞いたら、捨てるのだと。その人は、せめて子供だけでもと思い、子供に おにぎりをもらいに行かせたら、くれなくて子供が泣いてしまった。そういった点に、行政のいいかげんさがある。
土台だけになった自分の敷地に、行政が危険だとか言って家を建てさせてくれないのだと。家を建てることを規制中らしい。その人は仮設住宅にも入れなくて、キャンピングカーを買って放浪中らしい。まだ服が、被災した当時の半袖のままだそうだ。
ブルドーザーなどは全国からボランティアで来ている人っちも多いらしい。
これから瓦礫の山の処理が大変だ。お金がかかる。どこの地方も口では支援しますだなんて言っているが、自分の所にゴミの山が来るのは嫌がる。最終的には東京の夢の島のように、海に埋め立てるしかないんじゃないだろうか。
福島の避難区域内は避難後に強盗が入って どこの家も荒らされてしまった らしいとのこと。

この道の駅は木のアスレチックやグランドゴルフ場があり、最奥に大きな四阿がぽつんと建っていた。野宿者には助かる。水道もある。そこで夕飯。虫が気になるので、近くにテントを張る予定。疲れが蓄積していて、走行距離も延びないので、ゆっくり休んで明日に備えよう。

コンビニ450、ジュース150。合計600円。


●コメント返信
>yoshi様
>ここでボランティアしている 山城賢治さんを紹介したいと思います~
コメント&紹介 ありがとうございます。今後の予定は分からないですが、福島県は早く通りすぎたいと思う反面、原発から30kmの境界線は、この旅において特に重要な地点であると考えているので、記憶に留めます。

宮城県気仙沼市



9月11日(月)
うろちょろするおっさんが気になって早めに出発。一人でキャンピングカーで旅をする人は、なぜ共通するのか、風貌が怪しく見える。

大船渡市の市街地に到着。高度の高い場所から町が始まっていて、上の方は普段通りだった。スーパーがあり靴屋、ドコモショップもある。ただ、海に近い辺りになると建物は崩壊していた。漁港が被害を受けたようだ。

陸前高田市に到着。広大な草原が広がる。たぶん田んぼ だったんじゃないかと思う。海に近い辺りは壊滅しており、瓦礫の山が積まれていて、少量ずつベルトコンベアで運んで瓦礫の粉砕(分別?)作業が行われていた。
何もない。都市がまるごと消滅している。体感的には95%の建物が津波の被害にあったんじゃないかと思う。瓦礫の山はマンション何個分になるのだろうか。アパートの4階までガラスがなくなっている。津波はそんな高いところまで来たのね。ちなみにケータイの電波は通じる。トラックの通行が多い。町の中は作業で埃が舞っているので、マスクが必要だ。石の山で臨時の堤防を作っているようだった。45号線は橋が作り直されていた。横では本来の橋が橋脚だけになっていた。町の中は池になっている場所がある。海との境界は本来よりも陸側に移動している気がする。地図を見たら、元々池があったようだ。

人口:24246名。世帯数:8086。死者数:1551。行方不明者数:436。死亡認定者数:230。住宅、建物被害(全壊数+半壊数):3341。

もはやここは、地域に金を落とそうにも店がない。住民が居ない。何もない。復興かあ。家作って、船や農作業に使う機械を用意して、会社作って、店作って。養殖や農作物はすぐに取れるものではなく、長い前準備が必要だ。復興して元通りになるまでの期間、若者が地域に留まるかどうか。まあ故郷は故郷だし、再び元通りになるだろう。

気仙沼市に到着。気仙沼市のフリーペーパーによると、自衛隊はすでに撤収しているようだ。45号線は山の方にあるため、その辺りの家や店を見ると、町が健全なように見える。遠くを見ると、大きな船が陸に打ち上げられたままになっていた。Google航空写真を見ると町が廃墟になっているようだ。
疲れがたまっている、休もう、というか動けない。ドコモショップで充電と、スーパーで買い物。ケータイに二時間充電しても満充電にならなかった。野宿しに公園に行こうとしたが、その途中の学校の校庭に仮設住宅が90棟ほど建てられていた。公園もたぶん仮設住宅があるだろう。夕方になり、45号線は渋滞している。寝る場所が定まらないまま夜を迎える。先に進もうとしたが、車の通りが多くてなおかつ歩道が崩壊していたりして、夜では とても進めない。海側に行ったら、明かりひとつない廃墟だった。人様の土地なので、どこでも野宿できそうで、なかなか難しい。青い回転灯をつけた地域の自主防犯パトロールと思われる車が見回っていた。外灯があるコイン精米所の横のスペースに陣取る。蚊などの虫が多い。

ジュース150、スーパー2400(パック寿司含)。合計2550円。
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住んでいる所:静岡県焼津市
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